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いつもそう。
やーはわんを幻滅させてくれるよね。




とびきりのプロポーズ



「こーんにーちはー!!」
足の踏み場さえない玄関から、わんこと平古場凛は大声で叫んだ。
広々とした玄関はブランド物の靴が所狭しと無造作に並べられている。こんなにたくさんあるんだったら、一つ位持ってってしまっても分からない気がする。けど、わんはそんな事しない。そんな事する前に、あいつにサイズぴったりの物をプレゼントされてしまうから。
「なー、起きてるー?!」
よっこいしょと靴を脱ぎ、廊下をひたひたと歩く。そして、ガチャリと扉を開け放った。まだ電気もついてない、カーテンの閉めきった暗い寝室。ベッドには人の気配があった。
あいつだ。
「……おはよーございまーす!!」
掛け布団を取り去り、耳元で挨拶。すると、やっとあいつはうっすらと目を開けた。
「……はよ」
「おはよ。なま何時だと思う?」
「……腹減った」
「11時30分。計ったみたいやっさ」
「もうそんな……どーりで空腹……」
ぶつぶつと空腹を訴えるはこの家の主・知念寛。のんびりとした動作で起き上がり、手探りで探した眼鏡をかける。そしてリビングに行ってテーブルにつくと、わんをじっと見つめた。
「な、何?」
「腹減った」
「……わんに作れ、と?」
「凛は俺のマネジでしょ?コーヒー欲しいなー」
「自分でし・ろ!」
わんは文句を言いながらも知念の前にインスタントコーヒーを出してやる。知念はコーヒーを啜り、新聞を広げた。
「今日は仕事ない筈だけど」
「ないからって、やーはすぐ不摂生しそうだから」
「わー、心配して此処まで来てくれたの?」
知念は嬉しそうに微笑む。わんはすぐ知念から目を逸らした。
「やーはわんがいないと、何も出来ねーらんからっ」
「うん、そーだね。ずっと一緒にいようね」
「なっ!」
こいつはすぐそういう事を恥ずかし気もなくさらっと言ってしまう。わんが真っ赤になってると知念は構わずに大欠伸して、また眠そうに目を擦った。
「眠い」
「うっそー、さっきまで寝てただろ?」
「凛が来ると安心しちゃって」
「フラー」
「じゃ、外行こ」
知念は立ち上がり、クローゼットを開ける。大量の服の中から落ち着いた色のカットソーを取り出した。
「今から着替えるから。昼、美味い物食って、買い物行こ」
「う、うん」
そういう時だけ行動力あるんだから。


六本木のマンションを出て、早速美味い飯を食ってから買い物へ出掛けた。擦れ違う人々がみんな知念を振り返る。サングラスをかけてはいるけど、やっぱ目立つからな、こいつ。
スラリと背が高くて、スタイル良くて、しかもかっこいい。
当たり前だ、知念は頭に「スーパー」がつく位すげーモデルだもん。
(そのスーパーモデルのマネージャーがわん、なんて……ね)
本当は、わんが半ば騙された形でマネージャーになったんだけど。
高校卒業の時。地元の大学に入ろうと思ってたわんに、知念は変革を起こしたのだ。
「東京、一緒に行こう」
「は?」
その時は知念が何を言ったのかも分からず、思わず聞き返した。知念はわんの手を取り、微笑んだのを今でも覚えている。
「上京しよう。二人で」
「う、ん」
考える事なく、頷いた。憧れの東京。しかも、知念と行く。全てに浮き浮きした。本当ははなくそ知念のマネジ役だったんだけどな。
今じゃ当たり前になってしまった東京。でも、まだ訛りは抜けきらない。
知念は、もうすっかり東京人になってしまったけれど。
「りーん、これ、似合うんじゃない?」
「え、わん?」
知念の間延びした声に、現実に引き戻された。いけないいけない、今は知念と買い物中。
「ほら、」
「わ、いいね」
知念は鏡の前でわんに合わせて、にっこりと笑った。
「やっぱ似合う」
「ありがと」
「買おーね」
「え!?」
知念はその後何着も服を選んではわんに合わせたり試着させたりして、購入した。
「全部、凛に」
「……ありがと」
ゆっくりと知念の家へ向かいながら、わんはしみじみと紙袋を眺めた。人気ブランドの新作。値段は、分からない。多分、わんの給料じゃ買えない。
「わんのアパートの押し入れ、もういっぱいになってしまうさー」
「引っ越せばいいのに」
「駄目。上京してからずっと住んでるしや」
「……ふーん」
知念は、よくわんに服とか靴とか買ってくれる。普段は何もしない、何も出来ない奴だけど、仕事の時とか、デートの時とか……実は物凄くかっこいいんだ。面と向かってなんか絶対言えないけど、男らしくエスコートしてくれるし、わんに負担かけないように気遣ってくれるし、優しいんだ。 (ほんっと、いつもそうだったらいいのに)
そんなわったーも、今年で29になるなんて。
「どうした?凛、寒い?」
「え、あ、ひーじー」
「手、冷えてる」
知念はわんの手をきゅっと握り締めた。温かい手。
「ち、ねっ」
「俺、いつもカイロ並にあったかいから、いつ握ってくれてもいいよ。ってかその方が嬉しいし」
「え?」
「いつも、何も出来ない俺の傍で支えてくれて、ありがとう」
知念と目が合う。ドキッとした。凄く。
「さて、ここで凛に問題でーす」
「へ?」
「今日は何の日?」
「え……」
考える間もなく、知念に小さな箱を押し付けられる。
「何?」
「開けてみて。大丈夫だから」
「う、ん」
ドキドキしながらわんはその小箱を開けてみる。
中には、プラチナの指輪が小さく収まっていた。
「こ、れっ……」
わんがびっくりして知念を見上げると、知念は照れ臭そうに頭を掻く。
「10年間、俺の事見ててくれてありがと」
「もう、そんなに……」
「うん」
知念は指輪をわんの左薬指に嵌めてくれる。ぴったりだった。
「あり、がと」
「俺と凛が東京に来て10年。区切りとして……ね、うん。一緒に住もう」
「一緒に?」
「凛は嫌がると思って言わなかったけど……ほんとはずっと凛と一緒にいたいんだ。一分一秒長く」
知念がそんな事考えていたなんて、全然知らなかった。っていうか、そんな事思っててくれたんだ。わんの目から、自然と涙が溢れた。
知念と一緒に暮らす。
毎朝起こしてあげて、モーニングコーヒー淹れてあげて、他愛のない話して、仕事一緒に行ったり、買い物とかデートとかたまにはしたりして、そして、一緒に寝たりなんかして。
(……楽しそう、かも?)
「やっぱ、嫌?」
「……ううん」
心配そうに覗き込む知念に、わんは首を横に振ってみせた。
「知念と、一緒に、暮らすよ」
「っ凛……!」
「でも、まずはやーの部屋、片付けなきゃね」
「ありがとっ凛!」
「わ!」
唐突に知念の唇がぶつかる。わんはびっくりして目を見開いた。涙も、止まってしまったよ。
「キ、スっ……」
「早く部屋戻ろ。片付けして、それからー……」
それから?
「エッチな事しよう!」
「なっ!」
そんな満面の笑みで言わなくても!
ま……別にいいけど、ね。






幻滅しても、呆れてしまっても、
ずっとずっと一緒だからね。
……かなさん。

 

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