特別扱いされてるとか、そういう自意識過剰なことは考えたくないけれど。
……何となく、そう思わざるを得ない、気がする。
特別扱い≒偏愛
「いらっしゃいませー」
「こ、こんにちは」
此処はわんの行きつけの美容院。内装は華やか、スタッフの人数も少なくて、お洒落な所。しかし、此処は芸能人も多数訪れる有名な店。その理由は、やっぱあの人かな。
「お、いらっしゃーい凛くん」
「こんにちは、謙也さん」
このにこやかに対応してくれるのが、わんが指名している忍足謙也さん。ちなみにこの人が超有名なカリスマ美容師。スタイリッシュな人で、雑誌にも載ってたりする。でも、気さくで凄く喋りやすいし、お洒落で優しくて良い人。だからこそ人気があるんだろうけど。
この店の客の9割が女性で、しかもそのほとんどが謙也さん目当てで、いつも予約がいっぱいで取れない筈なのに、わんは何気にちょこちょこ来れてます。
「最近来てくれへんかったから寂しかったんやでー?凛くんは俺の数少ないブリーチ仲間やねんから」
「あはは、すいません」
「何?また伸ばすん?前よりもうちょい明るい色にしてみる?」
「うん。お願いします」
謙也さんはにっこり笑って、優しい手つきでわんの髪を扱い始めた。
「謙也さん、忙しくないの?」
「お蔭様で。順調やでー」
「何か、わん毎回謙也さんに切って貰ってて、謙也さん人気なのに、」
「おー!凛くんはラッキーやね、滅多におらんで?」
「そ、そうなんだけど……」
何か、かわされた気がする……
「せや、凛くん。今度の土曜日暇?」
「え?暇、ですけど」
「飲みに行こうや。凛くんと話したいこともあるしな」
「え!?」
謙也さんは鏡越しに笑った。わんは黙って何度も頷く。すると、謙也さんはますます笑った。何か眩しくて、わんは目を伏せてしまった。
やっぱ、何か……
(ドキドキする!)
「あはは、そんな緊張せんでええよ?」
グラスとグラスを合わせて乾杯し、わんはちびりちびりとビールを飲んだ。謙也さんは豪快に一気飲みをし、おつまみを食べる。
「こうして凛くんと会うのって初めてやな」
「そ、そうです、ね」
「何や、まだ緊張してるん?一緒に酔っ払って緊張解そか」
そう言って謙也さんはきついアルコール香りのするお酒を煽った。わんも飲んでみたが、アルコールが強くて噎せてしまった。
「大丈夫?」
「は、い」
けほけほと咳込み、口を拭った。もう酔っ払ったみたいに、体中が熱い。
「……謙也さんって、」
じっと手元を見る。ごつごつしてないけど、指が長くて男らしい手だった。
「彼女いないの?」
えっ、と謙也さんが小さく声を上げる。
「……おらんよー」
「何、その間」
「いや、凛くんがまさかそんなこと聞いてくるなんてな。びっくりして」
「そう?」
「凛くんは?」
「いない。わん、モテないし」
「うっそー。こんなかわいーのに?」
「かわいーって何ですかっ!ってかいきが相手にかわいーってあびんなっ」
「どうして」
顔を上げると、謙也さんと目が合った。結構真剣な目で、わんはちょっと焦った。
「……訛り」
「え?」
「かわええやんか」
「そんなこと、」
「俺もな、関西弁抜けへんけど、やっぱこの方言好いてくれる子多いからなー」
「ム」
「あはは、悪く思わんとって」
謙也さんはニヤリと笑う。すっごいエロい笑い方した、この人。
「……さっきの酒、結構来るなぁ」
「そうですね」
「……あんな、凛くんさっき言ったやんか」
「え?」
「毎回予約ばっちり取れて、しかも俺が担当で切るのって……そんなんさぁ、」
謙也さんは身を乗り出して、わんの耳元で囁いた。
「わざとに決まってるやんか」
吐息が耳にかかる。ゾクッとする。けど、謙也さんは逃がしてくれない。目で、視線だけで縛られる。
「あんな、凛くん」
「は……い」
「好きな子ぉ特別扱いしたいのって、みーんな一緒やで?」
「好きな、子」
「うん。俺、凛くんのことめっちゃ好っきゃねん」
好き、と何度も囁かれる。うわー、色々騙された。この人、良い人とかじゃない。すっげーエロい、しかも確信犯だからもっと質悪い。
「ね、凛くん、俺の家こっから近いねん」
「うん……」
「来る?飲み直そか」
「う、ん……」
有無を言わせない、威圧的な感じ。わんは謙也さんに連れられてマンションに行き、それからベッドに寝かせられた。
「……今まで、演じてたの?謙也さん」
「好きな子は確実にオトしたいやん?」
謙也さんはにっこりと笑った。しかも、今まで優しいと思ってきた素敵な笑顔で。
「わんって、人を見る目ないのかな……」
「せやなぁ、微妙いなぁ」
謙也さんはくすりと笑う。パチン、と部屋の電気が消えた。わんはぎゅっと目を閉じる。
そして。
わんのズボンのジッパーが、ゆっくりと下ろされていった。