恋人と別れた。
俺は夜の道を走って、早く、早くあいつの元から離れたくて。
あいつとの思い出を抹消したくて堪らなかったけれど、あまりにもあいつは俺にとって強烈すぎて、愛しすぎて、俺は、吐く程泣いた。



昔の彼氏は、傲慢で鬼畜で、それは最低な男だった。
俺がそっちの人間だと知った瞬間、付け込んできて付き合った。経験がないと聞いた時のあいつの顔、忘れもしない。
そんな俺の初めては、いとも簡単に奪われた。あいつの部屋で、立ったまました。でも、床を汚すと酷く怒られた。そして、汚す度に殴るんだ。
俺はそんな最低な奴の味しか知らない。不躾に俺に触る手、あいつの精液の味、独特の臭い、痛みしか感じないセックス……正直、俺は浅はかだった。
最低だと思いながらも、信じて好きだったから。
だからこそ、俺はもう人を好きになれない。




「あれ?山崎?」
「えっ……と、永……倉?」
傷心癒えぬ時期に偶然会ったのは、昔の同級生。あまり話したことのない、俺とは正反対の人間だった。
「うっわ久しぶり!元気だったか?」
「まぁ……底々」
「超懐かしい!今、暇?」
「まぁ」
「飲み行こうぜっ!積もる話もあるしさ」
永倉の優しい強引さに、俺は素直に従った。永倉と俺との思い出なんてすぐ思いつかないのに、っていうか友達でもなかったのに、どうしてこいつは俺に優しくするんだろう?話かけてきたんだろう?普通、スルーするだろ?何で……
「山崎、酒飲める?」
「ちょっとだけなら」
「ん、分かった。生いける?」
「ん……」
生、か。生ビールのことだよな。生って聞くとすぐセックスのこと思い出す。あ、やばい。
ちょっと泣けてきた。
「どうした?山崎」
「ちょっと……」
「泣いてんのか?何かあったか?」
俺は昔の恋人から抜け出せない。弱い男。
「どうした?」
「ん……」
永倉の指が、俺の涙を拭う。優しい手つきで髪を梳く。
「恋人と……」
「え?」
「別れたんだ。喧嘩っていうか……修羅場っていうか……」
「……そっか、大変だったんだな」
大変なんてもんじゃない。
こびりついた汚れを、拭って欲しい。
「永倉……」
「ん?」
「あまり、」
優しくしないでくれ。




「ん……」
目覚めると、知らない天井。飛び起き、辺りを見回す。と、横で寝てる永倉。
「!?」
まさか、俺はこいつと……?恐る恐る確かめると、何も痕跡はなく、どうやら何もやってないみたいだ。
「永倉……永倉!」
「ん?お、山崎……」
「起きろ、起きろ!」
「え?へ?」
まだ寝ぼける永倉の頬をぱちぱちと叩き、無理矢理起こす。
「んにゃ、山崎……?早いんだな」
「どういうことだ」
「どういうことって?」
「何で、……永倉の家に?」
「だって、」
ほっとけなかったから、と永倉は人のいい顔をした。俺は絶句。そんな俺を余所に、永倉は目を擦ってベッドから出る。
「朝飯、簡単なのでいいなら作るぜー」
「……有難う」
何で何もしなかったんだ?俺は男だけど、流れでそういうのもあるだろう?
何で、
「なぁ、山崎ー」
「な、んだ?」
永倉は片手で卵を割りながら、顔をこちらに向けずに話した。
「あんまさ、自分傷つけんなよ」
「え……?」
「俺、山崎のこと嫌いじゃねぇしさ」
「じゃあ何で何もしなかった?」
「何で何もしなかったのがいけないんだ?」
スクランブルエッグを作り終えた永倉はくるりと振り返る。真摯な目に、たじろいだ。
「何かすんのが慰めじゃねぇだろ?」
「え……」
「俺さ、前見たんだよね」
永倉は、以前の彼氏と一緒にいる俺を見たことがあるらしかった。俺は虚ろで、全然楽しくなさそうだったらしい。
「俺、山崎をあんなにしたあいつ許せなくてさ、どうしてあんな奴と友達なんだろってずっと疑問だったんだよな。あれさ、彼氏だったんだろ?」
「……うん」
「もう、別れたな?」
「うん」
「じゃ、いいじゃん」
永倉はにっこり笑って、焼いたばかりのベーコンを卵に添えた。
「もう、忘れちゃおう」
「……ん……」
「怖かったら、いつでも頼ってくれていいから」
「……うん」
「ほら、おいで。山崎のベーコン多め」
優しい永倉にちょっと涙しながら、俺はのんびりと朝食を食べた。こんな朝は初めてで。永倉の優しさを嬉しく思いながらも、俺は少し物足りなく感じた。




優しくされるのは、慣れていないんだ。
それなら、せめて痛いくらい傷つけて欲しいなんて……
俺は……










なんとなく重めの話。「傷つけること」は、新八視点です。ちなみに続編考え中!!
(2011 05 05 時雨)