夜も更けたある日のこと。 行灯の光が漏れる部屋から、苦しげに咳込むのが聞こえた。 近くを通り掛かった山崎は、思わず部屋に駆け込む。 「沖田さん!?」 「……き、み……けほっ」 布団から起き上がった体勢で、沖田は口元を両手で押さえている。しかし、その両手では押さえきれない程、喀血の量は酷かった。 「沖田さんっ……!」 誰かの助けを呼ぼうと山崎は立ち上がったが、沖田は静かに制する。 「しかしっ……」 「も、う……大丈夫、だから……」 「血を吐いたんですよ!?貴方は!」 「血を吐いた本人が大丈夫だって言ってるんだから」 沖田は懐紙で丁寧に血を拭き取り、それを山崎に渡した。 「申し訳ないんだけど、これ、処分してきてくれる?誰の目にもつかないように」 「あの……」 「燃やしてきて」 沖田は意見などさせない視線を山崎に向け、それから、遠くを眺めるように目を逸らす。 「……ごめんね」 ぽつり、と沖田は呟いた。 「どうしたんです?らしくないですよ」 「ほんと、それだよね……でも、僕寝てばっかりだし、医術に長けている君に頼ってばかりだし……」 「構いませんよ。それで、貴方が良くなるのなら」 「……そうだったら良いのにね」 沖田はぐっと拳を握る。山崎は、沖田をただ見つめた。 「……貴方とは喧嘩してばかりでしたよね」 「何?昔の話?」 山崎はゆっくりと頷く。目は合わせない様にした。 「貴方は、飽きっぽいし面倒くさがりだし……一番手のかかる人でした」 「悪かったね」 「いえ」 「嫌いだったんでしょ?僕のこと」 「……正直」 「ほら」 「苦手でした。一番組組長という立場がなかったら、貴方なんか……」 「喋りたくなかった」 「そう、ですね。貴方は気付いてた」 「うん。とっくの昔にね」 沖田はいやらしく笑い、山崎の手を握る。自然な動作で、山崎も流された。 「君は……」 「自分が、何か?」 「心の中で僕を憎みながらも、ついて来てくれたんだよね」 「……はい」 「……ありがと」 「沖田さ……」 「黙って」 人差し指で山崎の唇を塞ぐ。山崎は素直に口を噤み、沖田に従うことにした。 「……良い子だね」 沖田は微笑み、布団に引き込んだ。 山崎は黙っている。 「大人しいんだね」 帯を解き、着物の前を寛げる。氷の様に冷たい沖田の手が山崎の身体に触れた。 「冷たっ……!」 「君は、あったかいよね」 「あ……ん……」 「……抵抗、しないんだね。憎い相手が物にしようとしてるのに?」 「抵抗したって……あんたは、俺をどうにかするでしょう?」 「そうだね」 沖田は喉の奥で笑う。 「じゃあ……もう覚悟できてるんだよね?」 沖田は立ち上がって着物を脱いだ。裸になり、横になる。 「どうにかして、良いんだよね?」 「……」 山崎は頷く代わりに、目を閉じた。沖田が動いた気配がし、それからゆっくりと犯される。 「はっ……あ、ああぁっ……!」 深夜。沖田の部屋で、行灯が燈る中山崎はじっと堪えた。 沖田は無言で、時折甘い吐息を漏らしながら山崎を撫でる。 「君は……」 沖田は甘く苦しい声で囁いた。 「な、に……?」 「甘い、味がするんだね」 「……何ですか、それ」 山崎は苦笑して、力を抜く。沖田は微笑み、山崎の髪を梳いた。 「僕より先に逝かないでね」 「……何ですか、急に」 身支度をしながら、山崎は振り返る。沖田は背を向けたまま、そのまま続けた。 「僕は不治の病にかかってるでしょ?確実に、何もしなければ僕はこのまま死ぬ」 「死ぬ……なんて」 「何もしなければ、ね」 「……沖田さん、あんた……」 沖田はやっと振り返り、眉を下げる。 「怖い顔しないでよ」 「何を……する気ですか?」 「……別に?ただ……」 立ち上がり、障子を開けた。朝の陽射しが容赦なく入って来る。 「このままじゃいけないと思って……さ」 「沖田さん……」 「もう、この朝日も、拝めないかもしれないなぁ……」 「そんなこと、」 言わないで下さい、と山崎は小さく呟いた。けれど、沖田は黙って首を横に振る。 「こんな僕でも、君はついて来てくれるの?」 「……勿論、沖田組長」 「組長はやめて欲しいなぁ」 沖田は微笑み、そして、名残惜しそうに障子を閉めた。 この時、沖田が変若水に手を出し、羅刹化するなんて、山崎は夢にも思わなかった。 愛は総べての存在を一にす。愛は味ふべくして知るべからず。愛に住すれば人生に意義あり、愛を離るれば人生は無意義なり。――二葉亭四迷「平凡」 (2011 04 04 時雨) |