どうしてなんだろう。
そればかりが頭ン中いっぱいになっちまって、他のことが手につかねェ。
らしくない?
俺らしいって何なんだろうな。



「左之〜!島原行くかっ!」
夕暮れ時、いつもの如く新八が俺を呑みに誘う。こうやって散財しまくってるから、こいつはすぐ金がなくなっちまうんだろうな。
「あれ?でも平助は?」
「あ?何か気が乗らねェつって部屋引き籠もってるぜ?」
「じゃあ……俺と新八の二人きり、か……」
「あぁ!久々じゃねェの。今夜はゆっくりと語ろうぜ?」
新八はニヤニヤしながら足早に屯所を出る。いや、出ようとしたところを、遮られた。
「永倉さん、何処へ行かれるのですか?」
「げ、山崎……」
「げ、とは何ですか」
まるで時期を見計らったかの様に、山崎が新八の前に現れる。新八は顔を歪め、頭を掻くしかないらしい。仕方ねェから、助け舟出してやっか。
「悪ィな、山崎。俺が誘ったんだ。許してやってくれよ」
「原田さんが……?」
疑り深い目で山崎は俺と新八を交互に見、ついには諦めたのか溜息を吐いた。
「原田さん、この方があまりお金を使いすぎない様、見張っていてくれませんか?」
「あぁ、任せとけって」
「ちょ、俺を何だと思ってるんだよ」
新八が文句を言うのを無視して、俺はすぐに山崎とこいつを引き離す。ったく、山崎も本当世話焼きだよな……今夜は二人きりなんだから、邪魔してくれなくても良いっつーのに。



「さっきはありがとなー」
新八は呑みながら人の好い笑顔を浮かべた。俺も少しずつ酒を呑み、軽く頷く。
「いいってもんよ。お前、いつも誰かしらに捕まっちまうもんな」
「ははっ、前は源さんだったしな」
杯をコツンと合わせて一気に呑み干す。新八は赤い顔で機嫌良く呑んでいるみたいだったが、正直俺は全然呑めなかった。平助がいないせいかもしれない。こいつと二人きりで呑むことなんて滅多にないことだし、普段ならすぐ酔っ払って腹出して踊ってる頃なのに。
(緊張してんのか?だせェ……)
「どうした?左之。酔っ払ってねェな……さては、おねーちゃん目当てだろ?」
「え、は?」
新八はニヤニヤしながら顔を近付ける。俺は少したじろいだ。
「左之がおねーちゃん目当てなんて珍しいな……もう呼ぶか?」
「いや、いい。このまま呑むよ。折角お前とゆっくり喋れるんだし」
「そうか?の割に、全然喋ってねェけどな……そうだ」
「ん?」
「好きな奴、できたか?」
「好きな奴……か」
この感情を、そんなに綺麗な言葉で片付けていいのか?第一、俺は本当に好きになっちまったんだろうか?
「いや……まぁ、な。新八は?」
「俺ェ?俺はなァ……」
「また芸妓の女好きになっちまったんじゃねェだろうな?」
「ち、違ェよ!」
新八は顔を真っ赤にして抗議する。
「もっと……良い奴だ」
「良い奴?」
「あ、あぁ……」
「なぁんだ新八、もうそいつと出来上がっちまったのか」
「なッ……まぁ、な……」
「……そっか」
俺はぐいっと一息で杯を空にする。喉がかっと熱くなり、少し酔っ払ってきた。
「そっか……」
俺はもう一度言葉を繰り返し、新八の発言を噛み締める。
「……ってか、男同士で恋話ってのもおかしなもんだよな」
「そうだな」
「ま、お前が持ち出してこなきゃ絶対こんな話しねェよな。素面じゃ無理無理」
「んじゃ、左之も酔ってきたところで、おねーちゃん達呼ぶかっ!」
「……好きにしろよ」
俺が笑うと、新八は嬉々として何人もの芸者を呼び、楽しげに遊んだ。俺はそんな新八を肴にして、何杯も杯を空ける。
「……新八……」
新八が酔っ払ってどんちゃん騒ぎを起こしているうちに、俺はそっと席を立った。
(痛くて痛くて堪んねェよ……)
胸の奥がチクチクと痛む。
一つ余分に借りていた隣の部屋で、布団を敷いて横になる。共寝する女も呼ばず、俺はただぼうと天井を眺めた。隣では楽しそうに笑う新八の声。
(……俺は、男だ)
逞しい男相手におっ勃つ方がおかしいってのに……
「新八っ……」
抱いて欲しい。
こんな感情を親友相手に抱くなんて俺はおかしくなっちまったのか?でも、体が火照ってしょうがねェんだ。お前をオカズにするなんて……許してくれよな。
(熱い……)
吐精した後も熱は引かない。俺は自然に、滅多に使わない場所を使うことを選んだ。
(くっそ……)
普段じゃ触りたくもない所に、指を潜らせる。声が出そうになるのを噛み殺して、俺はただ自慰行為に没頭した。
「あっ……く、ああぁ……」
苦しい。痛い。でも、あいつのことを考えると、もっと苦しくなっちまうんだ。 俺、おかしくなっちまったのかな……
「あっ……新八、しんぱちィ……!」
あいつの名前を呼びながら、俺は何度も欲望を吐き出した。俺は、俺の中であいつを汚したんだ。
(……最低だな)
女の体に溺れるよりも、もっと質が悪い。きっともう俺は、暫くあいつの目を見て喋れねェと思う。
「……ごめんな、新八」



「お、左之。やっと出てきたか」
「あぁ。朝まで寝過ごしちまったぜ」
「ったく、折角のおねーちゃん達とお楽しめる機会だってのに」
「ははっ、そうだな」
俺は苦笑して新八の隣に並ぶ。
「久々の朝帰りじゃねーの?」
「あ、土方さんにバレちまう前に早く戻らねェと!」
「新八、急に走んなって……」
焦る顔で走り出した新八の背中を追い、すぐに追いついた。
俺達は、笑っている。笑っていられるのは、新八が何も知らないお陰で、俺が後ろめたさを隠すから。



友人を汚しても尚、隣で何でもない風に笑うのは俺の慾だと、俺は思う。





---------------
(2011 04 20 時雨)