それは気だるそうに机上に腰かけたまま、ぼんやりと外を見ていた。
「なんだ、帰らんのか」
「あ、峨王、」
円子の座る机の、前の座席の机に向かい合うようにして座ると、みし、と机の脚がきしんだ。それを聞いたのか円子は苦笑し、それから一つため息をつく。
「やー、もう卒業だっちゅう話だよ、ね」
「そうだな」
開け放った窓から風が入ってきて、円子の髪を揺らす。三月といえども、まだ春というには程遠い。うざったそうに髪を指にかける指をみると、爪色が薄紫になっていた。円子のようなガタイの薄っぺらい人間ならすぐ冷えてしまうのだろう。
「なんか、あっという間だったな、部活ばーっかりしててサ」
円子の視線の先は、一向に俺を見ようとしない。視線の先には運動場があるのだが、どこを見るわけでもなく外を見ているだけのようだった。
「大学、受かってるかな」
「お前なら大丈夫だろう」
本心から言った言葉だったが、どうかな、と肩を竦めた円子は少し頼りなさ気に笑った。
「峨王はサ、まだアメフト続ける?」
「ああ、武蔵が工務店の人間でチーム作るんだと。乗らない手はないだろう」
「そっか、じゃァ今度は敵だな、ライスボールまで勝ち上がらなきゃいけないけど」
ようやく、円子の視線と俺の視線が交わった。外人のような青い瞳が、濡れていた。まるで、海のような眼。円子が眼を瞬かせると、海が溢れた。雫が頬の上に幾筋もの道をつくる。
「あーもう、年かっちゅう話だよ」
恥ずかしそうに手の甲でそれらを拭いながら、円子は笑った。無理矢理作られた笑顔はすぐにその涙に拍車をかけた。
「たった三年だったけど、色々思い出深いもンだな、て思ったら涙が出た」
言い訳のように取り繕う円子に俺はそうだなと返して、手を伸ばす。親指の腹で拭いきれなかった涙を拭いてやるとあーもうと恥ずかしそうに再び肩を竦めた。少し前まで、手を伸ばすだけでもびくりと肩を震わせて緊張していた奴とは思えない。俺は円子に存在を容認されたのかもしれない。
「峨王は泣かないよな、全く」
「こんなことでは泣かん。お前のような女々しい男ではない」
「あーひでー」
「……すまん」
「真剣に謝るなよ、冗談ってわかってるって」
「冗談じゃない、と言ったら?」
にやりと笑うと、円子も口角を吊り上げた。こうでなくてはいけない。円子は、もっと強い男だった。信念を持ち、手段を選ばず、常に冷静で、冷徹だった。それなのに、いつからこいつはこんなにやわらかく生温い男になってしまったのか。歪んだ微笑の似合う、美しい男だったのに。
不意に、よし、と円子は立ち上がった。
「そろそろ部活行こうか、後輩が待ってるかも」
「そうだな」
「峨王、」
「なんだ」
「ありがとう」
「……ああ」
ありがとう、その五文字が最高に甘い愛の言葉のように聞こえた。
俺の前を歩く円子は、さっきまでの弱さも隙も微塵もなく、颯爽と、歩いていた。



(2010 03 19 jo)