なんだか突然、会いたくなった。
飲み会の帰りに、酔いを覚まそうと川沿いの涼しい道を歩いていた。唐突だった、峨王に、会いたい、ふと思った。真夜中の電話、出ないかもしれないけどとりあえずかけてみようと思って、携帯の電話帳から峨王のメモリを引き出す。
『なんだ』
電話越しの峨王の声は少し機嫌が悪いようだった。向こうの機嫌がどうであれ、久しぶりに聞く峨王の声だ、思いがけず少し心が弾んだ。
「悪いね突然」
『悪いと思うならかけるな』
「あああ切らないで、待てっちゅー話だよ」
『だからなんだ』
「久しぶりに会えない?」
峨王は沈黙した。どうやらこっちの意図を探るつもりだ、と俺はペロリと唇を舐めた。言うもんか、理由なんか。
「今すぐにとは言わない、だめかな」
『あぁ』
「じゃぁ、」
待ち合わせ日時と場所を指定して電話を切った。峨王が空いてるかなんて知ったこっちゃない、というのは嘘だけれど、峨王には自分の指定通りに来てほしかった。まだ、支配できるという仮初の優越感欲しさかもしれない。我ながら情けない、と思いながら、俺は家へ向かう道をふらふらと歩いて行った。

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峨王は指定場所に指定された時間にやってきた。
「久しぶり」
手をあげてこっちだと招くと、峨王はその巨体をのそりとこちらへ運んでくる。
「相変わらずそうだね」
「突然電話してきて一体何の用だ」
じろりと俺を見る峨王は明らかに不機嫌だった。
「いやあ、なんだか急に会いたくなって」
特に用はないんだ、本当に、と俺は目を伏せた。峨王が、目の前にいる。卒業式からそんなに日は経ってないはずなのに、なんだか長い間会っていない気がしていた。
「何飲む?」
少し声が震えた。数ヶ月前の胸の高鳴りが戻ってくる。
「なんでもいい」
「そう」
ぱっと手をあげて店員を呼び、コーラを2つ注文した。高校生のアルバイトらしい店員が俺の顔を見るなりはっと息を飲む。男の店員のくせに、男の俺にどきどきしてどうする。少し可笑しくて、わざとらしく流し目で微笑ってやると慌てたようにキッチンの方へと戻って行った。
「はは、さっきの子かわいいね」
「そうか?」
「新人っぽくてさ」
興味なさそうに峨王が言うものだからつまらなくて、峨王にも流し目で一瞥をくれてやったけど、何の反応もなかった。
すぐに同じ店員がコーラのグラスを2つ持ってきた。おどおどしながら俺と峨王の前にグラスを置く。店員が恐る恐る窺うように峨王を盗み見ていた。俺にこの峨王みたいな友達は似合わないとでも思っているのかもしれない。……そうだよ、俺は君と同じくらいの年頃にこいつに掘られたよ、と言ってやりたかった。そして、俺は今でもこんな肉塊みたいな男が好きだよ、と心の中で呟きながら微笑した。
グラスにささってたストローでコーラをぐるぐるかき混ぜていると
「疲れてるのか」
とふいに峨王が言った。
「うん、まぁ。ま、峨王だって疲れてるっちゅう話だよね」
「忙しいのか」
「……女の子がサ、付き合ってる彼氏に冷たくされたりフられたりした時に、元彼に泣きついて電話したり会えるって聞いたりする理由が、今なら少しわかる気がする」
大学のアメフトサークルの先輩の一人が、この前元カノに呼び出された話を思い出した。新しい彼氏に振られたとかで慰めてほしいと言われたらしく、その先輩はいくら元カノでも迷惑だと愚痴っていた。
別に、恋人ができて捨てられて淋しくなったんじゃない。ただ単に何か大切なものを失ってしまったような気がして淋しくなっただけだし、そもそも峨王が恋人だったわけでもなかったけど。
「ほぉ。なんだ、大学で彼女でもできたのか」
「ううん、違う、全然違う」
的外れな言いに俺は少し笑った。
「なんていうか、さ、心の中が、ぽっかりと空いてるんだ。アメフトは楽しい。大学だって楽しい。でもやっぱり高校とは違う」
「俺は大学なんぞ知らんから分らんが、それは当然だろう」
あっけらかんと言いのける峨王をちらと見た。一瞬だけ、何にも動じなさそうな目とばちりと視線が合った。
「心のよりどころ、みたいなものが、無い」
「お前弱くなったな」
「俺はいつだって弱いよ。今までが頑張って見栄張ってきただけっちゅーそれだけの話」
「……俺はお前の何でもないぞ」
「そう?」
「ただのセックスフレンド、しかも過去形で、だろ」
セックスフレンド!その単語がドスとにぶい音をたてて俺の心臓に突き刺さった。血の代わりに、峨王への思いが音をたててとめどなく流れていく気がした。
所詮峨王にとってセックスフレンドでしかなかったのだ。峨王の高校時代の俺と、俺の高校時代の峨王は、まったくもって価値が違う。そんなこと、わかりきっていたことだけど、妙にものかなしくなった。
「ははは、そうだね」
乾いた笑い。ちゃんと笑えてない。そうだね、ともう一度言ったら、泣きたくなった。峨王の中で終わっていた。終わっていたんだ。俺はもう意味をなさなかった。
「一体何が言いたい」
「言えなかったことを」
「言えなかったこと?」
聞き返されて、俺は俯いた。
「高校3年間で、アメフトで、とにかく強さが欲しかった。勝ち上がりたかった。繋ぎとめるのに俺はそういうことしか考えられなかった」
俺の視界には茶色いテーブルとグラスしかうつってない。峨王の目に俺は今どうう姿で映ってるんだろうと想像するだけでも怖かった。笑うだろうか、それとも拒絶するだろうか。視界がじわりとにじんだ。それでも口はしゃべるのをやめなかった。
「至極当たり前の気持ちに気付かなかったんだ、離れて気付いた、情けないっちゅー話だよ」
勢いでそこまで言うと肩が震えた。口の隙間から嗚咽が漏れて、しまった、と思った。目が熱くてたまらない。俺ってば、情けないっちゅー話だよ。
「で、その気持ちってのはなんだ?」
当たり前のように尋ねてくる峨王の口調は明るかった。こいつ最低だ。目元をぬぐって睨みあげると、にやりと笑った峨王とばっちり目が合った、まっすぐに俺を見ている。
「好き」
という単語がぽろりとこぼれおちた。
「はっは、傑作だな」
「バカ」
「傑作だ」
口は笑ってるくせに目はマジなまま、
「今更だな」
峨王はそう吐き捨てた。それから俺の涙をぬぐった。
「そんなことずっと知ってたにきまってるだろ」





抜け落ちた言葉
(ようやく見つけたんだ、もう見失わない)





高校時代セフレ前提の卒業後峨円。ヘタレな円子好きだよ!鈍そうに見えて鋭い峨王ってのもギャップ萌え……なのか?久しぶりの峨円でした、ちなみにあと2作かいてたんですが没りました、やっぱり方向性がわかってない……でもとにかくドロドロ甘酸っぱい感じがいいとおもいます(キリッ) (2010 08 22 jo)