気付いたらすっかり日が暮れていた。ちらと時計を見るととうに下校時刻を過ぎている。迎えに行かないと、と俺は磨いでいた鉋をおいて重い腰をあげた。
蛭魔は受験生のくせして相変わらず部活に入り浸っていた。昨日2度目のクリスマスボウルに出場、セナたちが蛭魔は受験生なのに大丈夫なのだろうかと俺にこっそり聞きにきたが「何を言っても無駄だからあまり気にするな」と言ったのは何ヵ月前だったか。
作業着姿のまま堂々と学校の門を入ると、すれ違った野球部の1年数人が俺に向かって「ちゃっす!」と威勢よく頭を下げた。事務の人間か何かだと思ったんだろう、なかなか複雑な気分だと思わず苦笑が漏れた。
まったくうちのお姫さんは、こんな武骨で老けて見られる男のどこがいいんだ。
部室を覗くと、蛭魔はいつもの場所にいつもと同じ格好で座っていた。奴の他には誰もいない。
「おい、勉強しなくていいのか」
蛭魔は俺を一瞥すると
「ンなことしなくてもなんとかなンだよ」
と素っ気なく言った。
仮にも屋内なのに暖房器具を使用していないせいか外気と変わらないほど寒く、呼気が白くなる。蛭魔の肌は、血の気が引いていつも以上に青白く見えた。
「おわっただろう」
「趣味だ」
机上に紙が何枚か散らばっていた。向かい側に座ってそれらに目を落とすとすべてフォーメーションが描かれていた。 寒さを忘れるほど夢中になっているなんて、一番のアメフト馬鹿はこいつなんじゃねぇかと思う。 真剣にペンを走らせる蛭魔は俺がため息をついたのを気にもかけない。
がたがた、と窓が音をたて、また静かになったきり、部屋はしんと静まり返る。 俺はペンが静かに紙の上を滑るのをぼんやりと見ていた。
決して迎えに来たとは言わない。帰ろうと急かしもしない。 それを知っているからこそわざと無視をするのは、蛭魔の常套手段だった。
仕方なく俺は、ポケットに無造作に突っ込んできたものをことん、とデスクの上に置いた。
太くて背の低い白い蝋燭がクリスマスツリーのシルエット絵が施されたステンドグラス風のキャンドル瓶に入っている。学校帰りに前を通った雑貨屋のショウウィンドウに、たった1つ、"現品限り!7割引!"と手書きの付箋がはってあったものだ。クリスマスの雑貨なら、25日が過ぎれば普通は片付けてしまうはずなのに、何かの縁だろうと思って買った。
「なんの真似だ」
「まぁ、な」
顔をあげてあからさまに訝しむ蛭魔の問いを曖昧にかわして、俺はマッチを取り出し火を点けた。橙色の火がゆぅらりとともる。
「クリスチャンだったか?」
あまりに憎らしく嘲笑うので口角を上げて無宗教だがと笑った。
「もう、そんなふざけたイベントなんざ終わっただろ。何がクリスマスだ、恋人たちのイベントだ、」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに蛭魔は言い捨てた。
「まぁ気晴らしにと思ったんだが。センターまであと何日かしってっか?」
「21日」
「さすがのお前も切羽詰まってるだろうと思ったが……そんなことなさそうだな」
「でもなんでキャンドルなんだよ」
蛭魔はぼんやりと火を見ている。
「……ガラじゃねぇだろ」
「俺からのプレゼントだ、ありがたく受け取れ」
「ケッ」
まんざらでもないだろと微笑ってやると、蛭魔はばーかと笑って散らばった紙をまとめはじめた。
「電気」
「おう」
ぱちりと電気を消して、片付けるのに暗くていいのかと振り替えれば蝋燭の火の薄暗さの中で蛭魔はにぃっと笑っていた。
「誰が帰るっつったよ」
妙に妖艶に見えてどきりとしたのと真意をわかりかねたのとで黙っていると、ふっと、蝋燭を消したその口で蛭魔はちゅっと軽く吸うように口付けてきた。
「お前のその微妙に乙女くせぇとこ、」
嫌いじゃないぜ、と囁くような声が耳元で聞こえた。





勝手に3年の蛭魔をクリスマスボウルに出させてみました(ぇ)というわけなので、彼らの"クリスマス"は26日です。武蔵はストイックだが純粋にロマンチストだといい(^ω^)蛭魔はきっと態度じゃそんなことやめろみたいな態度とるけど内心照れてるといいよ!絶対○ヶ月記念とかこっそり好きだよ!あまのじゃくロマンチスト!ツンロマ!(^q^)ていうか、クリスマス過ぎたらセンターまであと21日なんだよね、21日……うぉぉ怖い。(2009 12 25 jo)
背景つけて一部改変。(2010 08 24 jo)