チャイムを押しても、何も反応が無かった。ドアノブに手をかけると、ドアはあっさりと開く。奥の寝室から、ケホケホと乾いた咳が聞こえる。俺は家の中に入って後ろ手にドアをしめて鍵をかけた。
……――今日もだ、今日も、蛭魔は抱かれていたのだ。
心の底がぶすぶすと燻られるような心持を持て余しながら俺は奥の寝室へ向かう。
「おい」
寝室のドアは開け放たれていて、すぐにその惨状が目に入った。めちゃくちゃに乱れた白いシーツの上で、何も身に纏わない蛭魔がぐったりと横たわっていた。こちら側に背中を見せているそれは少し肩を揺らした。また咳をしているらしい。白い背中に点々と赤い痣が映える。真っ白だったはずのシーツにも点々と小さな赤黒いシミが見える。瞬間、鼻先を厭な臭いがかすめた。先ほどまでの行為が生々しく伝わってくる。
「大丈夫か」
白い背中に声をかけると、身じろいだそれは
「……うるせェ」
と呻いた。一応今日は意識があるらしい。のそりと身体を起こした蛭魔は少しばかりだるそうに口元を拭った。蛭魔の口元は切れ、赤黒い血と白っぽい液体がこびりついている。
「くっそ……」
「殴られたのか」
やめればいいものをずるずると関係を続けるからだ馬鹿、と言ってしまいたかったが、流石に蛭魔に直接言えるほど勇気はなかった。
買ってきた食材を冷蔵庫に入れていると背後で衣擦れの音がした。シャワーを浴びに行くのか、ぺた、ぺた、と不規則な足音が後ろを過ぎていく。
「何か食うか」
振り返らずに問うと、足音がとまって、しばしの沈黙のあと、
「……今はいい」
という返事が聞こえた。
「風呂、手伝おうか」
「いらねェよ」
吐き捨てるように言った蛭魔は、そのまま風呂場に向かったらしい。暫くして、シャワーの音が聞こえてきた。その間に俺は寝室へ行く。ベッドの上にそのまま置かれている、体液の入った使用済みゴムをごみ箱へ捨て、事後のシーツをひきはがし、床に散乱した蛭魔の衣服もろとも洗濯機へとぶち込む。後始末くらい自分でして欲しいものだ。来るのが「俺」か「アイツ」かに限られているからか知らないが、何回見てもこういうものを見せつけられるのは、割と応える。
リビングと寝室の窓を全開にしているところへ、風呂上がりの蛭魔がふらりとやってきた。
「大丈夫か」
腰だけにタオルを巻いた蛭魔の身体には、点々と所有印が残されていた。首から、胸部、腹部、それから足にまで。それをなぞるように眺めると、蛭魔は少し居心地が悪そうにそっぽを向いた。
「ケッ、糞ドレッドが……」
「いい加減もう断ち切ったらどうだ」
「うるせェ、テメェには関係ねェだろ」
どれだけ酷いことをされても、蛭魔は阿含を拒んだりしない。阿含のことを罵りはしても、決して関係を断ち切ったりしない。一体何が、蛭魔を阿含に縛り付けているのか俺には皆目見当がつかなかった。不思議であると同時に、不愉快だった。
「関係無くもないだろ、こうしてここに通ってきている俺のことも考えろ」
「テメェが勝手に来てるだけだろ」
どっかりとソファに腰を落ち着けた蛭魔は悪びれもなく言う。
「どうせヤりてェんだろ?事後のあんなもン見せつけられておっ勃ってンじゃねェのかよ」
にやりと口角をあげて蛭魔が笑う。まるで悪魔だ。
「掘られたいのか、この淫乱」
「ンだとテメェ……」
眉間に皺を寄せて明らかに機嫌が悪くなったそれは俺をギロリと睨んだ。
「昔の恋人が忘れられなくて、ただ利用されてるだけなのに喜んで足開いてンのはどこのどいつだ、お前だろ」
「はッ、よく言う!誰がテメェの性欲処理してやってると思ってンだ、そういうこと言う前に感謝しやがれ」
本当は、とっとと阿含との関係を辞めて欲しい。でもそんなことは決して言えない。コイツの世界は、阿含中心でまわってる。これ以上どうしようもないぐらいに依存していた。
「掘られるのが好きなくせに。俺にだってあっさりケツ突き出すだろ」
コイツを独り占めしたかった。好きだと伝えたかった。なのに、素直に言うタイミングを逃して以来、酷いことしか言えないでいる。自分が情けなかった。そして、蛭魔が憎かった。
「ペニスが腫れて困ってる友人を助けただけだ」
「調子に乗るなよ」
蛭魔の前まで行って、俺はバスタオルを剥いでソファに押し倒した。
「上等じゃねェの、やっぱ盛ってンだろ?」
「もうしゃべるな」
蛭魔の細い首に手をあてる、ぐっと力を入れると、蛭魔が苦しそうに喘いだ。眼にうっすらと恐怖の色が見える。それでもまだ誘うような光が眼の奥でぎらぎらしていた。
「酷くされるのが好きなら、なんべんだってめちゃくちゃにブチこんでやるよ」
首を締めながらぐっと自身を蛭魔の秘孔にあてた。さっきまでブツを受け入れていたそこは悲鳴をあげながらもぬるりと俺を受け入れる。苦しそうにしながら、それでも蛭魔は何度も果てた。俺は、白目をむいたり、口の端からだらだらと涎を垂らしながらイく、死にそうな蛭魔の表情をみながら、消えてしまいたい気持ちで犯し続けた。憎い。コイツが憎い。愛しいが故に憎かった。だけどそれにこの悪魔は気付かない。もしかしたら知らないふりをしているのかもしれないと思うと余計に憎くて、何度も揺さぶった。
後戻りなどもうできないところまで来てしまった。誰も幸せになれないことなど分っているのに、俺も蛭魔も諦めようとしないのだ。
俺たちは、よく似ていた。










その咎は死にすら値しない











阿含×蛭魔前提な武蛭。甘いツンデレなお話も好きですが、重たい話も大好きです。(2010 08 29 jo)
タイトルお借りしました:傾いだ空