「かけい、」
「なんだ?」
「かーぁけいーぃ」
「なんだ」
「かっけいーぃ」
「……だから、なんだ」
むっつりした顔の筧は、シャワーを浴びて濡れた髪をバスタオルでわしわしと拭いていた手をとめて、こっちに視線をくれている。
「なんか、呼んでみたくて」
「意味もなく、か?」
「意味がないわけじゃ、ないけどネ?」
「そうか」
深夜近い、アメフト部のシャワールームに、俺とかけいは二人きりでいた。たまたま二人で練習していたらこんな時間になった、それだけの話。やましいことをしてたわけじゃない。他の部員は明日の体力まで使ってしまうからと早々に帰って行った。一方俺は有り余る体力を9割方使い果すまでトレーニングに励んだ。それに付き合ってくれたのは唯一かけいだけ。この辺が‘かけいクオリティ’。大好き。
同時にシャワールームに入ったはずなのに ――俺が早すぎるのか、かけいが丁寧すぎるのかわからないけど―― 俺が先に出てきてしまい、かけいが出てくるころには服も着終えてベンチにどっかりと座って待っていた。
かけいはいつも通り、がらりとシャワールームから出てくるとバスタオルを頭にかぶったまま、パンツ一丁で俺の前を横切った。テーブルの上に置いてある2Lのスポーツドリンクのペットボトルに口をつけて……ごきゅ、ごきゅ、とかけいの喉が音をたて、喉仏が上下に動く、その様を凝視してしまう。
「えーと、お、俺の、物なんだよね」
「なにが?」
再びこっちを向いた筧は口を拭って、きょとんとした。
「え、あ、これ、お前のスポドリだったか?悪ィ」
「違う、違くて、」
「じゃぁ何がだ」
真っ直ぐな視線に射とめられて、一瞬たじろいだけど、ここでたじろいじゃいけない、俺は、男・水町なんだから。
「その、かけい、が」
「俺が?」
かけいは訳が分からないと言いたげに首を傾げたが、すぐに意味がわかったのか、ああ、と漏らして再びスポドリを飲む。
好きな人の名前を好きなだけ呼べる、ましてその好きな人を手に入れた俺はなんて幸せなんだろう!もうこれ以上ない幸せ!……って思ってたけど、人間って慾深いね、ひとつ手に入ると、次が欲しくなる。俺は、かけいの全部が欲しい。
「俺達、付き合ってる、よね」
「……あぁ」
「俺、かけいと、ちゅーしかしたことないよ」
う、とかけいが小さく呻いて、明らかにたじろいだ。そりゃそうだ。ちゅーしかしたことない、って表現は、つまり、次を仄めかしてる。俺だってわかる。かけいがわからないはずがない。
「その、なんていうか、俺、かけいともっと色んなことしたい。もっとかけいを知りたい」
流石にかけいが無防備な格好の時に言うべきではなかったかな?と思ったけど、言ってしまっては後悔なんかしてられなかった。
「かけいは?やっぱり俺とはぷらとにっく―――っていうの?そういうキレイなお付き合いじゃないと無理なワケ?」
問われて、かけいは考え事をするように口元を手で覆った。
「つまり、水町、お前は、俺と」
「エッチなことも、したいよ」
ストレートに言うと、かけいはぼっと音をたてそうなくらい突然頬を染めた。運動後のせいでもなく、風呂上がりのせいでもなく、俺の言葉で。エッチな話、苦手だったのかもしれない。今まで、そういうことは俺我慢してきたし、かけいもそういう素振りは決して見せなかったもんな。やっぱり、キレイなお付き合いがいいのかな。
「おい、何しょんぼりしてんだよ」
顔を赤く染めたまま、かけいは少し荒い口調で言った。
「え?あ、ごめん、……今の、ナシでいいから!忘れて!」
努めて明るく言ったつもりが、かけいに溜息をつかれた。あああもしかしたら嫌われたかもしれないいいいい!きゃー!かけいが口を開きかけて、別れ話だったらどうしようと思わず目をぎゅっとつぶってしまった。
「……したいんだろ?」
でも別れ話ではなさそうだった。俺は拍子抜けして、でもちょっと安心して、そのくせ余裕ないのを悟られたくなくて、しっかり頷く。
「……うん」
「同性と、男とするって、すごく、お互い勇気がいることだと思う」
「うん」
思慮深いかけいのターン。俺は頷く側に回る。と見せかけて、ちょっと怖いから違うことを考えて気を紛らわす。万が一の時に備えて。伏し目がちなかけいの睫毛を見て、うわー長いなーとか考えてるってことは、秘密。別に、別れ話されるかもなんてビビってないし!
「……でも俺は、お前となら、頑張ろう、って思える」
「え!」
「今すぐってわけじゃない、けど、俺はお前が好きだから」
きっぱりと断言されて俺の思考はテンションマックス。ふ、ふられなくてよかった!
「うん、うん、大事にする!」
思わず立ち上がって抱きつこうと思ったけど、かけいは服を着てくるといって俺をかわしてしまった。あー今すぐにでも抱きしめたいのに!非・性的な意味で!
かけいはシャワールームへのあゆみをはたと止めて、振り返りざま俺を軽く睨んだ。
「お前、わかりやすすぎるだろ、さっきまであんなしょんぼりしてたくせに、いきなり元気になりやがって」
あああ、かけい、その睨むようなまなざしも好きだよ!
「えへーわかりにくいよりはいいデショ?」
「ばか、開き直るな」
だって俺は、それが照れ隠しだって、ずっと前から知ってるもんね。





Hey, shy boy!






甘い目の水筧です、ふおおお結局ヤるシーンまでこぎつけられない私の愚かさよ……。
もともと書いてた水筧2つの話を潰し、甘くて軽い話にしてみました。
水町は筧先生がだいすきです、昼夜問わず発情できると思います。
(2010 08 12 jo)