風が、あの人の髪をさらさらと揺らした。 「キッドさん、」 テスト期間中の昼下がり、俺がなんとはなしに部室へ行った。開け放たれた窓から日光と共に入ってくる風が、少し汗ばんだ皮膚をさっと撫でていく。 「珍しいねぇ」 視線を窓の外にやったまま、キッドさんは答えた。気だるげにベンチに腰かけ、日本人にしては長い脚をこちらに投げ出したその様子は、良くも悪くも高校生には見えないような雰囲気を醸し出ている。人を惹き付ける不思議な仕掛けのある絵画を見るように、暫く見つめていると、凝視されるのがむず痒いのか、苦笑してキッドさんは俺を手招いた。 「ここ、座りなよ。風が気持ち良いからさ」 「あ、はい」 言われて、慌ててキッドさんの隣に腰かけると、忘れ物?と尋ねられた。 「はい?」 「ここに来た理由。忘れ物とりにきたの?」 「ああ、いや、違います」 「へえ」 じゃぁなんで、と口の端に少し微笑を浮かべたキッドさんの顔が俺を顧みた。近くて、どきどきしている。この心臓の音が聞こえやしないかとひやひやしながら、俺は首を振った。 「なんとなく来てみただけです」 「そっか……。何か、懐かしいなあ」 「何がです?」 「俺も去年は、テスト期間中来たんだよ、部活がないともの寂しくってねぇ」 「今も来てるじゃないですか、なんで懐かしいとか」 「あははーなんか1年経つと随分と昔の事に思えちゃってねぇ」 「それで、習慣になっちゃったんですか」 「まぁねぇ」 「他にも人、来ますか?」 「くるよー、3限目までテストの人が多いから。俺も明日は3限までなんだけど、今日はたまたま2限までだったんだよ。鉄馬も、3限目終わったら来るし」 さっき俺に微笑んだときとは違う、口もとの綻び方に、心がざわついた。 頭では理解している。のに、どうしても、何度でも傷つく。鉄馬さんを思う、幸せそうな微笑みは、――好きな人の幸せを一番に願っていたはずなのに――どうしても耐えられなかった。 諦められずにいる恋心が、燻ぶったまま、じりじりと俺の心のてっぺんを焦がしていく。 「きっと、牛島さん達も来るだろうねー」 「大会とか、いつぐらいまで残るんでしょうね」 「さぁー?3年なのにねぇ」 さっき傷ついたかと思えば、間延びした物言いがゆるゆると傷の隙間を埋めていく。こうやって、傷ついてもまた、好きになっていく。同じ人に傷ついて癒されて、を繰り返して尚やっぱり諦めきれないんだなぁと、俺は頭の隅でそんなことを考えながら、微笑った。 「キッドさんは、いつまで残ります?」 「え?」 気が早いなぁとキッドさんはぽりぽりと頭をかく。 「まー、その時の雰囲気に任せようかな」 「だろうと思いました」 「あははー新入りに先読みされるなんて俺ももう駄目だなぁ」 「キッドさん、わかりやすいんですもん、」 なにもかも、という言葉を頭の中で呟く。 「まぁ、先のことなんて未だわからないからねぇ」 「予定は未定、ってやつですね」 「そうそう、それ」 (あ、……) キッドさんはまた、ふわりと微笑った。きゅ、と心臓が縮みそうな、ときめきが俺を駆け抜ける。 とまらない、とめられない。キッドさんへの、この気持ち。
Don't stop (2010 04 25 jo) |