紫苑が髪を耳にかける仕草がすきだった。
一人になると無意識に爪を噛むのも、喉奥で唸るのも。

誰よりも一番近くで紫苑を見ていた俺が、誰よりも紫苑のことをすきになった。


     *


「紫苑、書かないのか」
「え〜……」
部誌を机の上に拡げたまま、紫苑は授業で配られたらしいプリントを正方形に切り取った。部誌を書く気はないらしく、ペンは机の上でひっそり横たわっている。
「そうだねぇ、……ちょっと待って」
運動をした後だといえども、汗がひいて時間がたつとやはりそれなりに寒い。またただでさえ季節は冬に向けて足早に秋を置き去りにしようとするのだ、日が暮れれば日中とは違い一気に冷え込む。先ほどまで部活後の男子の熱気で溢れていた部室も、徐々に端から冷え始めている、そんな気がする。
「ほら」
何をしているのかと思えば、先ほど切り取った紙片で鶴を折っていたらしい。藁半紙でできた鶴が、紫苑の掌の中に羽を広げていた。
「鉄馬にあげる、って言いたいところだけど、いらないよねぇ」
苦笑いをしながら、紫苑はその鶴を、窓の淵にそっと置いた。
「なんで、鶴を?」
「まぁ願掛けみたいなものかなぁ」
「何か、願掛けすることでも、あるのか?」
「んーそうだね、勝てますようにっていうのと、」
少し間をおいてから紫苑は笑って続けた。
「このままずっと鉄馬とアメフトできたらいいなぁと思って」
「願掛けするなら、千羽折らないと、いけない」
「いいんだよ、千羽分の気持ちがここにつまってるから」
鶴を見て微笑した紫苑は、ようやくペンを取り部誌に取りかかった。
「願掛けなくとも、紫苑の傍に、いる」
「また本気にして。深読みしなくていいよ、なんとなく言ってみただけだから」
意地悪く笑った紫苑はぱたりと部誌を閉じて立ち上がった。
「適当に書いちゃったけど、まぁいいよねぇ。おまたせ、帰ろう」
意地悪く笑ったくせにあまり信用おけなくて俺はじっと紫苑を見つめた。紫苑の考えていることくらいすぐわかる。ずっと見てきた、ずっとだ。誰よりも紫苑の心中がわかるのにもかかわらず、紫苑が心細い時に、俺は支えになってやることができていないかもしれない。
「帰らないの?」
「帰る、が、」
分かるのに、上手く言葉にできないのがもどかしい。何故俺はこんなにも、言葉にするのが苦手なんだろうと悔しくなる。
「……ありがとねぇ、鉄馬。さっきの、嬉しかったんだよ」
さ、帰ろうと帰宅を促す紫苑の手をぎゅっと握って、俺は口を開いた。
「なぁに、鉄馬」
「愛して、いる」
ようやく言えたのはたったそれだけだった。それだけだったが分かってくれたらしい、紫苑は
「突然、変な子だねぇ」
と恥ずかしそうに小さく笑った。





そばに、






言葉にしなくても考えてることくらい分かるそんな深い鉄キです。言葉にすると逆に恥ずかしくなっちゃったりとかして!髭野郎が赤面とかどんだけ!ギャップ!萌え!(紫苑に謝れ) (2010 10 15 jo)