いつの間にか眠っていた。はっとして窓の外を見ると、もう日が沈んだらしい。闇の中に町の明かりがちらちらと光っている。 いま丁度通過した駅は、あまりはっきりとは読みとれなかったけど、知らない駅名だった。随分遠くまで来たみたいだ。 「鉄馬……?」 隣に座っている男の顔を覗き込むと、はっとしたような目と視線がぶつかった。 「起きたのか」 「え、あぁ、うん。……随分遠くまで来ちゃったみたいだねぇ」 「起こした方が良かったか」 少し申し訳なさそうに言う声音に驚いて 「鉄馬も寝てたんじゃないの?」 と問うと、申し訳なさそうでいて且つ少し照れたような表情で目をそらされた。 「いや……あまり気持ちよさそうに寝ていたものだから」 「……そっか、ありがと」 「帰らないとな」 「でも、どうする?適当な駅で降りて、帰る電車に乗るか、それともどっか泊まる?」 鉄馬はぱっと腕時計を眺めて 「泊まろう」 と簡潔に言った。 「この時間だと、途中の乗り換えで電車がなくなるかもしれない」 「そうだね」 それきりまた、鉄馬は口をつぐんだ。目が優しく、俺を見ている。駅につくまで寄りかかっても、いいみたい。俺は鉄馬の優しさに甘えた。 そうして、鉄馬の肩に寄りかかってるうちに、トトントトンという電車の心地よい揺れで、また眠たくなった。このまま、誰も知らないどこかに行って、誰にも知られないうちに、死ぬのも悪くないかもしれない、なんてちょっと思ってみた。その考えを知ってか知らずか、不意に俺の右の掌の上に鉄馬のあたたかい左手が添えられる。幸せだ。 車内にアナウンスが入って、俺たちは聞いたこともない駅で降りた。 俺達のほかに降りたのは、会社の飲み会帰りであろう、赤ら顔のサラリーマンくらいだった。ホームは静寂、足音だけやけに耳に残る。 改札を抜けて出ると、夜中だからか建物も寂れて見える。駅ビルなんてものはなく、コンビニも駅の周りに見当たらない。昼時であれば、もう少しひと気もあって「街」らしいのかもしれないが、今はどことなく不気味、まるでゴーストタウンだ。 「ビジネスホテルとか、……ないかな……あ、」 すぐ近くにビジネスホテルがあった。けど、俺は別のものを見ていた。寂しい街に似合わない、少し派手な色味の壁と、不自然なリズムで点滅するネオンが、妙に目立っていた。 「ねぇ鉄馬、あっちとか、どう」 今にも潰れそうなラブホテルが一件。気が進まない顔をする鉄馬の袖を引っ張って、俺はそっちのホテルに向かった。 中は、外装と同じように、良く言えば年季の入った雰囲気を醸し出していた。 「へぇ」 ベッドに座るとギギィと中のスプリングが悲鳴をあげた。 「あはは……すごいね、なんか。こういうとこ今まで来た事なかったものねぇ」 「……」 いつも情事と言えば、家か放課後の部室でしかしなかったから、それらしいホテルに入るのは俺も鉄馬も初めてだった。 「鉄馬、寝よう」 「紫苑……」 「どうしたの鉄馬」 「今夜はするのか」 「何言ってるんだい、ここがラブホテルだから?……どっちでもいいよ鉄馬がしたかったらすればいいし」 鞄を床に放り投げてベッドに倒れ込むとスプリングがまた悲鳴をあげた。 「……俺はね。鉄馬とこういうホテルも行ってみたいなって思ってただけなんだよね。だから今夜したいとか、そういうんじゃなくて……したくなかったらしなくていいし……」 少し言い訳がましいなぁなんて思いながら俺は、ベッドに近付いてきた鉄馬を迎え入れた。 「したくないわけじゃない」 耳元で鉄馬がそっと俺にそう言った。 「ただ、なんとなく、こういうところでするのは紫苑を大事にしていないように思われて……」 「どうして」 「なんとなく、だ」 甘えるように鉄馬の鼻が俺の首元に埋められた。 「の、割には結構ノリノリみたいだけどねぇ」 「それは、紫苑だからだ」 「別に、ホテルでするから大事にされてないなんて思わないよ」 「そう、か」 ちゅ、と音をたてて鉄馬が俺の首筋を吸う。それだけでもう、場所なんて関係なくなって、俺の身体は鉄馬を求め始める。 「ふふ、聞いたこともない街のボロいホテルですることになるなんてね」 「……楽しんでいるだろ」 「鉄馬がいれば俺はいつだって楽しいし幸せだよ」 珍しく鉄馬ははにかんだように微笑んだ。 「俺も同じだ」
ムーンライト・エクスプレス (俺はね、……鉄馬とならどこへだっていける、そんな気がしてるよ) これを書き上げるのに結構試行錯誤を繰り返したのですが、最終的にさっぱりとしたものになってしまいました。前置きが長くてごめんなさい。(2011 05 04 jo) |