(もう、いつのまに……)
学校の敷地内にはえる大きな銀杏の木。ついこの前ようやく色付いたと思ったのに、知らないうちに葉は散っていた。黄金の絨毯になった代わり、裸になった枝が少し寒そうだ。
3年生が引退してからもう季節をとんとん、と跨いでしまったのかと思うとなんだかあっという間だなぁと思う。日が落ちるのも早くなったし、空気はますます冷たくなる。ひゅうっと風が通り過ぎたので俺は思わずぶるっと身震いした。
なんとなく、淋しいと感じさせる季節だ。
「おぉ陸、悪ぃな待たせちまってよォ」
わけもなく感傷的になっていたところへ牛島先輩が現れた。口では悪いと言うのにがはははと笑う様はやはり悪怯れていないようだけど、いつものことだから俺はにやっと笑って軽く嫌味を言ってやる。
「寒かったんですけど!冷えましたー風邪ひくー」
「なに、ほら、手貸せ」
「ん、はい?」
手を差し出すと牛島先輩は俺の両手を自分の両手でぎゅっと包んでくれた。大きくてごつごつした手は冬でも温かい。
「おわ、陸の手つめてぇなぁ、本当に冷えきってるぜ」
「まぁ駅までの辛抱なんで。先輩のあったかいっすね」
冷たくてかじかんでいた指先が突然あたためられてぴりぴりと痺れる。牛島先輩は誇らしげににんまり笑った。
「まーな!多分、ナントカ代謝がいいんだろうよ」
「新陳代謝?」
「そう、それ」
よくしってんなぁと言いたげな牛島先輩におぼえといてくださいねと念を押して手をひこうとした。でも、牛島先輩は離そうとしてくれない。
「……あの、もういいですよ?」
「まだ冷えてんだろぉ」
「いやそのあの、は、はずかしいんですけど……それに、そろそろ歩きだしませんかっ」
「そうだな、帰んねぇとな」
そういえばそうだったと笑った牛島先輩は歩きだす。
歩きだしたのはいいけど、手を離してくれなかった。歩きにくいですと言うと右手を解放してくれたけど、左手は牛島先輩の手のひらの中で、自然と手を繋ぐかたちになってしまった。
「あの、男同士で手繋いでたら怪しいですよ」
「でもよぉ、しもやけになったらかなわねぇだろぉよぉ」
ポケットにつっこんだ右手は冷えていくのに、左手は牛島先輩の手のぬくみにあたためられた。ただの"子供扱い"だ、と心のなかで自分に言い聞かせる。わかってる、わかってるけど、顔は自然と熱くなる。
「へへっなんか弟ができたみてーだ」
「ちょっと!2つしかはなれてませんよ!」
「されど2つってやつだ」
また、牛島先輩は笑った。初対面の人が牛島先輩の笑顔を見れば、凄みがきいてるから本心から笑ってるのか否かわからないかもしれない。
でも俺は知ってる。
ごついしコワモテだけどそれは見た目だけで、本当はやさしいってこと。引退したにもかかわらず未だに部活に来てはラインの育成に励んでるし、俺が一緒に帰ってくださいと言えば快く承諾してくれる。
……全部、"かわいい後輩"の為。
「あ、先輩、月が綺麗です、よ」
「ああ?どこだ?」
「こっち」
「おーホントだ。なんかうまそうだな」
「えぇえ?!そうですか?!」
きん、と冷えた空にくっきりと満月が浮かぶその様を、濃厚なチーズケーキだなんだとたとえだす。大人みたいな男がスイーツについて無邪気に語るとなんだか滑稽で思わず笑ってしまった。
ロマンチックのロの字も似合わない人だけど、それでも俺はこの人が好き。
特別じゃなくていい、ただこの人の傍にいたい。
あたたくておっきな手を軽くきゅっと握ると、それよりも強い力で握り返されて、俺は小さく悲鳴をあげた。





(2009 12 07 jo)
一部訂正(2010 08 13)