なんといっても気になるものは気になるんだから仕方がない。 人間、痒いと思ったらかかないと気が済まないように(?)、無条件反射で自然と目が追いかけていく。もう、もう本当に末期かもしれない。


「うっわあああああああああ!」
思わず大声をあげて起きたら、元次にうっせーと枕を投げつけられた。
慌てて悪い悪い、と謝ったが、俺はそれどころじゃなかった。恐る恐る布団をはいで足の間に手を伸ばす。足と足の間、ちょうど付け根あたり。既にわかっていることだけど確認せずにはいられない。スウェットにそっと触れる、……じっとりした感触。ああ、やってしまった、と俺は肩をがっくりと落とした。
「なんだーぁ?夢精か?」
俺の声ですっかり目を覚ましてしまったのか同室の元次がにやりとして俺を見ている。
「ううううるせー」
「一体どんな夢見たんだよこのド変態」
「だだだだからもう聞くな」
「なんだよーいつもなら自慢げに言ってくるくせに。なんだ、今度はヒナちゃんでも餌食にしたってーのか?ゆるさねーぞ」
「いや、それは違う」
パキと手の骨を鳴らす元次に俺は全力で否定した。別に殴られるのが怖いわけじゃない(寧ろ俺は元次に負ける気がしない)。
「おおおお俺おぞましい夢を見た……!」
「へーどんな?」
「いいいい言えねー……!」
「お前冷や汗やべーぞ。だーいじょうぶ、言っちまえば楽になるさ」
ケラケラとからかってくる元次は、さー活動開始だと伸びをした。
昨日は俺の家に、進学先が確定した3年だけで集まって、ちょっとした酒宴を催した。床のそこかしこに良いガタイの男どもがごろごろ転がっている。
“そういえばよー、陸が男なのもったいなくね?”
男同士のむさくるしい恋愛トークをしている最中に、誰かが笑いながらそう言った。
“はぁ?なんでだよ”
“だってアイツちっちゃくてかわいいしな、牛島のあとちょこまかちょこまか付いてってんじゃん、それを見るこっちとしてはすっげーかーいーめろめろどきゅん、だぜ”
“言いすぎだけど、確かにそれはあるな”
“牛島ぁ、お前陸と付き合え!結婚しろ!”
“ばか、何言ってんだ”
“キッドたちに加えてキャプテンまでホモときちゃぁもうネタでしかねーけどなぁ”
酒の勢い、冗談にしか聞こえなかったが、俺は酔った頭でどぎまぎしていた。引退したのちも、先輩だのキャプテンだのと慕ってくれる陸は、本当に良い後輩だと思っていたはずだった。けど最近はそれを通り越しているような気がしている。自分で自分の気持ちに戸惑うなんてだいぶ阿呆らしい話だけど、母性(?)を通り越して、なんかいろいろ超越した気持ちを陸に対して抱いているのに気付く時がある。 そこへ昨日の話が災いしたのかもしれない。
「ももも、元次よォ」
「ん?なんだ?」
「俺、……陸とヤる夢見ちまった」
沈黙。まだ寝てるやつらの鼾がうるさい、いやそんなことはどうでもいい。も、もしかしてひかれたか、と思ったが、元次はくくくっと俯いて笑いだした。
「なんだー?牛島。お前、昨日の話に影響されすぎだろうよ!」
「ししっ仕方ないだろォォォ!」
「はーん、それでイっちまって、真っ青ってわけか」
「当たり前だ、あんなに良い後輩を夢で犯すなんて、俺最低だァァァ!」
頭を抱える俺に元次はすっと近づいてきた。
「ホントのところは、好きなんだろお前」
「な、な、に、を」
「何とも思ってなかったら別にそんな動揺しねーだろ。笑い話で済ませばよかったものを。俺にバレちまったなー」
「てめー!」
「黙っててやるから今度なんかおごれよ」
にやっと笑う元次に俺は最低だとまた頭を抱えた。
「で、どうする?あと何カ月かしたら俺ら卒業だけど」
「何がだよ」
「告白するのかって聞いてる」
「ばっ!だだだだだだ誰が!」
「お前が、陸に」
当然のように元次は真顔で言う。
「何言ってんだよ、そもそも男同士だろーが!」
「大丈夫、陸も入学してから鉄馬とキッドで慣れたろ、‘そういう世界’への耐性はあるさ」
「耐性って、……うぐぐぐぬぬぬ」
俺の反論もさらりとかわす元次は立ち上がるとチームメイトの屍を跨いで部屋を出て行こうとする。どこいくんだと尋ねれば、顔洗いにだ、夜逃げとかじゃねーよと笑われた。
「ま、考えておくんだな、よっと、……いざというときは協力してやる」
「……どーも」
「とりあえずその股間洗ってこい」
にやり、笑いながら言われて、そういえばべとべとのままなんだったと気付き、俺は慌てて風呂場へ向かった。

男・牛島。自分の気持ちくらい、はっきりさせなければ。
その日は休日だったがアメフト部は練習をやってるに違いない、と思って俺はこっそりと学校のアメフト場を見に行った。こっそり行ったつもりが、俺は遠目からみてもわかりやすいらしい、キッドに手を振られた。仕方なく振り返す。キッドが手を振るさまを見て、他の部員もキッドの視線の先――俺を見る。ユニフォーム29番も、こっちを見る。見るなり、走り寄ってきた。
「う、牛島さん!」
メットを取ると眩しい白い髪がこぼれた。
「よォ陸!」
「今日来るなんて聞いてませんでしたよ!」
満面の笑みで言う陸は、自然と喜びが体に出てしまうのかぴょんこぴょんこと小さくはねた。
「ちょっと様子見ようと思ってな」
陸を直視するのは目に毒だった。昨夜の夢と、元次の言葉が脳裏をちらちら行ったり来たりする。暴れるな、俺の心臓。落ち着け、いつも通りだ、いつも通り振るまえ!
そこへ遅れて鉄馬と一緒にキッドがやってくる。相変わらず仲は良い。
「キャプテン、最後まで見てってくれますか?」
「キャプテンってお前、俺は‘元’だろ、」
「いやぁ牛島さんまだ卒業してないし、俺にとってはキャプテンですからねぇ」
にんまりと笑ったキッドは同意を求めるように陸を見遣った。
「牛島さんもキッドさんも、ガンマンズの誇れるキャプテンだと思います」
こっ恥ずかしいことを真顔でサラリと言いのける陸に、俺とキッドは顔を見合わせて苦笑した。
「俺変なこと言いましたか、」
そう言ってじっと見つめてくる陸を見下ろす。まっすぐな視線が俺の視線にぶつかった。
(あ、)
心臓がきゅん、と収縮する、この緊張感。心臓から熱が、指先や耳、頭のてっぺんまで同心円状にばーっと広がっていく。そしてぞっとした。よぎってしまった、今何よりも恐ろしい、夢のフラッシュバック、ようこそ歓迎したくないけどな!
「へ、変じゃ、ないと思うぞ」
「キャプテン大丈夫ですかー?」
ぎこちなく視線をそらした俺にキッドがふふふと笑いながら手を俺の眼の前でひらひら振った。大丈夫、ちゃんと目は見えてるから、大丈夫だ。ただ、
どうやら変なのは俺らしい。







  (恋の始まりってこんな不毛なものだったか?)











牛島さんが陸への気持ちに気付いてみたり。へへへ。恋愛に関してはウブな牛島さんと、牛島さんラブでおませでまっすぐなりっくんが大好物です。ちなみに背景の青いバラの花言葉は当初「不可能」だったらしいですが、青いバラをつくるのに成功した今、「奇跡」「神の祝福」「夢叶う」「不可能を可能にする」などがあるみたいです。がんばれ牛島さんw(2010 08 13 jo)