本当は俺がどれほど愛しているかわかってないんじゃないか、と思う時がある。そして紫苑は俺を過信していると思う。
俺だって、1人の男なわけで。たまには、紫苑をどうにかしてしまいと思うことだってあるわけで。 なのに、紫苑は、どこまでも危機感が無い。果てしなく無防備だ。

ベッドの上で横たわって本を読む紫苑は、俺の事を一切考えずに本に集中しているのだろうけど、俺は本を読むふりをしているだけで、内心紫苑のことが気になってならない。本の世界にのめりこんで気持ちが登場人物と一体化し、紫苑の表情が微かに、変わる、その瞬間を見るのが好きだ。
「鉄馬は、」
不意に俺の視線に気付いたのか、紫苑が俺の方を向いた。
「何読んでるの?」
「あ、『春琴抄』、を」
「へえー、鉄馬、マゾ?」
「いや、」
「うそうそ、ごめんごめん、ちょっとからかっただけだよ」
「そういう紫苑は何を読んでいる?」
「え、ヒミツ」
「……教えてくれてもいいだろう」
「ま、読み終わったら貸してあげるね」
楽しみにしてて、と紫苑は視線を本に落とした。俺も再び本を読もうと向き直る。が、視線は活字の上をすべっていく。同じ行を、何度も何度も。目では読んでいるつもりなのに、頭が字を飲みこまない。嗚呼駄目だ、紫苑。俺は読書に向いてないかもしれない。
ふーと息を吐くと、紫苑が首を傾げて俺を見た。
「鉄馬?」
訝しげに言うと同時に、紫苑はベッドの上から身を乗り出す。すっと、紫苑の顔が俺の顔に近づいてくる。
「ん、」
なんで、近づくんだ!と恥ずかしさのあまり思わずぎゅっと目をつぶると、こつん、と額に何かがあたった。
恐る恐る目を開くと、目の前に紫苑の顔がある。男にしては長い睫毛が頬に影を落とす。
「鉄馬何だか熱っぽいな、」
そう言った紫苑の息が、顔にかかる。心臓がドクンと跳ね上がった。
「顔も赤いし、大丈夫?」
顔が赤いのは紫苑のせいだ、と言いたかったが、上手く声が出せなくて口をパクパクさせてしまった。紫苑はそれを見て微笑する。
「何か、冷たいものでも持ってくるよ」
立ち上がって振りかえりざまに、
「チューされるかと思った?」
どきどきしたでしょ?と紫苑は意地悪く笑った。
その挑発的な笑いに、もちろん俺は黙って座っているはずもなく、紫苑の腕を捉えて、  。

嗚呼、紫苑。お前は何一つわかってない。
それとも、わかっててそういうことするのか?





冷静と欲望の間で





(2010 05 01 jo)