事の発端は、3日前。ふと思い出したように謙也が
「花火、一緒に見に行かへんか」
と言った。帰り道、夕方にも関わらずじっとりと絡みつくような暑さにだらだらと歩いていた光は、突然何言うてはんねやこの人はと一瞥をやった。
「みんなに言うたら、多分大会前で怒られてまうかもしれんから、俺たちだけの息抜きでさ、二人で行かへんか?」
「先輩が行きたいだけでしょ、知ってますよ」
「せやけどー……ついてきてくれたら嬉しいな」
この人、女の子誘ったら絶対誰でもほいほいついてくるやろに、なんで俺なん、と面倒に思いながらも、光は
「ええっすよ」
とぶっきらぼうに答えていた。謙也に誘われていたかもしれない女子たちに対して、少し優越感を感じながら。

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駅の改札から人がなだれ出てくる。殆どの人間が浴衣姿だ。大抵がカップル、あとは友達のグループとか家族連れとかで、楽しそうに話しながら光の前を過ぎ去っていった。なんとはなしに時計を見ると、待ち合わせ時刻を10分も過ぎていた。待ち合わせ時刻を設定した本人が遅刻ってどういうことなんと溜息をついた矢先、
「おー光ゥ!待たせたか?ごめんな」
と人ごみの中から謙也の姿が現れた。同じ中学生なのに謙也は何故か大人びて見える。自分への劣等感のせいなのか、それとも恋は盲目という法則のせいなのか光にはわからないが、一瞬どきりとした。
「遅刻ですやん」
「悪い悪い!ていうか浴衣やーんめっちゃイかしてるでそれ!どないしたん?」
「今日花火大会や言うたら、叔母さんが買おてきて着つけてくれたんすわ」
「粋なことしはるなぁ」
「知らんけど、デートや思たんじゃないですか。俺そんな浮ついた話持ってへんのに」
「いいやん、俺とのデートや、はは」
「謙也くんとデートなんて嫌っすわ」
「うーわーひどいな、ま、行こや」
まだ暮れきっていない道を歩くと、すぐに屋台の並びのある川沿いの道に出た。謙也はあれいいなぁ、これも食べたい、あ、金魚すくいや、とせわしなく両サイドの屋台を物色している。
「忙しい人ですね」
「うるさいわ。あ、金魚すくいやで、やろか!」
「一人でやったらえぇと思いますけど」
「俺金魚いらんねんなー。おっちゃん、金魚いらんから2回やらせてーや」
光の呟きも無視で謙也は金魚すくいの桶の前に座り込む。
「さーとるでー!」
なんでこの人こんなにはしゃいでるんや大人げないなぁ、と光は、謙也が金魚と格闘する様を後ろに立って見おろしていた。
「光、何してんの、ほら早く隣きぃや、ほら」 新しいポイを無理やり握らされて光も仕方なく謙也の隣に座り込む。謙也の見よう見まねで、水の中にひたし、すくいあげる、も、
「あ」
ついっと金魚に逃げられてしまった。その隣で謙也は器用に金魚をお椀の中に入れていく。謙也くんにできて俺にできひんことなんかあらへんやろと口をきゅっと真横に結んで、光はむきになって金魚をすくおうとした。
「ちゃんと腕まくっときや、濡れるで」
「わかってますよ」
「……下手やな」
「ちゃいます、不器用なんです」
結局光は一匹もとれないままにポイをだめにしてしまった。その上、浴衣の袖の裾が少し濡れた。拗ねたような素振りを見せる光に、食いもんでもおごったるから、と謙也は苦笑いしながら言う。
「ほんまですか」
「そこはちゃんと食いつくんやな」
「当たり前ですやん」
「何食べたいん?」
「……りんごあめとか」
「なんやファンシーやな」
「悪いですか」
「いいえーなんも悪くないですよ。ほな買いに行こか」
謙也が屋台に並ぶのに一緒に付いて行って、りんごあめを受け取った時だった、光の後方を見て、
「げ」
と、謙也が呻いたのだ。
「どうしたんすか」
「こここ小春とユウジがいてる」
「え?」
「振り向いたらあかんで、このまま、逃げる」
「なんでなんです、先輩、チームメイトに挨拶くらい」
「アホゥ、悪絡みされるのがオチやで、めんどくさいわ、いくで」
謙也はぱっと光の手を取ると、小春たちのいる方向とは逆の方向へぱっと駈け出して行った。
「ちょ、」
カランコロンと光の足もとで下駄が騒いだが、それ以上に光の心臓はどきどきと煩いくらいに音をたてていた。鼻緒と足がすれてズキズキしている。でもそんなことどうでもよくなるぐらいに謙也に手を握られたことに緊張していた。この人絶対何も考えてへんわ、自分のことばっかりやわ、そうは思いながらも、つい謙也の手を握り返してしまう。
暫く人ごみをかきわけて走って、ようやく止まった。
「悪いなぁ、浴衣やのに走らせてもーた」
「ほんまですわ、着崩れたし、靴擦れしたし」
「ほ、ほんまに?!すまんなぁ……。そろそろ花火始まるし、河川敷のどっかに座ろか」
ほらこっちやで、と女の子にするみたいに手を差し出して光が危なくないように誘導する謙也に光は頬を染めた。恥ずかしいわと悪態をつきながらもその手に頼るしかなくて、下唇をきゅっとかむと、また謙也はふにゃと笑って光かわええなと言った。
「浴衣直せる?」
「これくらい大丈夫っすわ」
スリットどころではなく、着崩れた浴衣は、光の未熟な脚の太腿半ばあたりまで人目に晒させていた。普段やけない太腿の白さが、ようやく薄暗くなってきた暗さにぱっと眩しい。
光は着付けなどわからなかったがとりあえず内側から布を引っ張って、なんとなく原形に近づいた気がしたのでこれでいいやと謙也の隣に体育座りをした。
「……太腿白いな」
「しゃぁないっすわ、他の部分がやけただけです」
「なんかヤらしいわぁその白さ」
「はぁ?そういうこと言う先輩の方がヤらしいっすわ」
「ゴホン。えええええーと、あ、靴擦れは?どない?」
「絆創膏はっとけばなんとかなります」
「あ、俺持ってるで!貼ったるわ」
カバンからぱっと絆創膏を取りだした謙也は、光の足もとに屈みこんでそっと生白い足に絆創膏を貼り始めた。まるで壊れ物を扱うかのような手つきに光の顔がまた熱を持つ。
「悪いなぁ、走らせてもーて」
「別にえぇっすよ」
「痛かったやろ」
「別に」
「ほんまはな、邪魔されたくなかってん」
「はい?」
そう聞き返した瞬間に、ドンっという音が鼓膜を震わせた。
「あ」
謙也の後ろで鮮やかな火の花が咲いたのが光の目にとびこんだ。振り返って謙也は花火や!と声をあげた。
「始まってもーたな、隣失礼〜」
よっこいしょと光の隣に座った謙也はおー綺麗やなぁと子供のようにはしゃぐ。その横顔をこっそりと垣間見て、光は、ほんまにズルいお人やと心の中で毒づいた。
「せや、せやねん」
「何ですのん?」
「さっきの続きやけどな」
ドン、という音がほぼ一定の間隔で響いて、それを追いかけるように、花火がぱっと黒いキャンパスに色づく。
「続きなんかあったんですか」
「まぁ聞けや」
「はい」
5つくらい無言で花火を見ていた、そして突然。
「好きやわ」
光は耳を疑った。何を?何を好きなんやろ、この人は。何を聞き逃したのだろうと、光は思わず謙也を凝視した。期待してしまう自分が嫌だったけれど、謙也が真剣な顔で光を見ているのに気付いて、光はごくりと生唾を飲み込んだ。
「光が好きや」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「はははは」
「何のリアクションや?!」
「……それ、冗談とか言うたら容赦しないですけどええですか」
「えーっとそれおっけーってこと?」
光は嬉しいやら恥ずかしいやらで、がりりとりんごあめをかじった。かじったきり、もう余計なこと言わないでおこうと口をつぐんだ。
「光、言うて」
「ちゃんと花火見てくださいよ」
暫く黙って2人は花火を見ていた。急に恥ずかしくなって光はか細い声でアホと呟く。人をこんだけ散々振り回しといて何が好きや、あほとちゃうか、俺男やし後輩やで、なんで女の子に告白せぇへんねやと言葉にできないもやもやがたった2文字に集約されていた。
「先輩に向かってアホってなんや」
苦笑いする謙也はそっと光の手に自分の手を重ねた。
「帰り、家まで送ったるわ」
「いらないっすわー」
「送らせて、今日から彼氏やで」
へへへと照れたように笑う謙也に、光はまたアホと呟いて、額を自分の膝におしつけた。










謙光でーす初めて書きますーもっと軽くて短いの書きたかったんですけどなんだか中途半端になってしまいました、ね……。謙也くんは溺愛すればいい!そして光はツンデレ寧ろ天邪鬼くらいでいい!よ!(2010 08 23 jo)