『明日、わんぬ誕生日!お祝いして! ゆうじろう』

あまり綺麗とも言えない字でくっきりと、部誌の報告欄にそう書いてあった。
前日に書いたって、見るのは今日部誌担当の俺だけなのに、と俺はふぅと溜息をついた。ぱらりと次のぺージへめくると、報告欄に書かれている文字跡が裏側にくっきりと出ている。どれほど強い筆圧で書いたのだろう。
件の「明日」というのは「今日」のことだ。
今日の部活はとっくに終わっていて、平古場クンも知念クンも皆帰ってしまっている。例の、甲斐クンも含めて。そういえば、今朝部活が始まる前に、平古場クンたちが甲斐クンの周りに集まって何やら騒いでいたのは誕生日を祝っていたのだろうか。……「お呼ばれしない」のはよくあることだ、連中は少しお堅い俺をあまり好んではいないらしい。寧ろこちらから願い下げだ、わいわい騒ぐのはあまり好きではないし、そもそも誕生日を祝ったところで何になるというのだろう。1つ死に近づく日を祝ってどうする。くだらない。なんて、くだらないイベントがあるのだろう。
「楽しかったですか」
ぽつりと部誌に話しかける。何も答えないことはわかりきっているのにもかかわらず、だ。甲斐クンは誕生日を祝われて幸せだったのだろうか。ふにゃんと照れたように笑う甲斐クンの笑顔が脳裏をよぎる。当然、幸せだったのだろう。彼にとって大切な仲間に誕生日を祝ってもらえたのだから。……そこに俺はいなかったけれど。
「……ばかばかしい」
事務的な内容を書き終えて、帰ろうとしたその時だ。
「永四郎は?」
背後から声がわいた。驚いて振り向いたその先に甲斐クンがいた。
「何故いるんです?」
「永四郎は、わんを祝ってくれないの」
寂しそうな、それでいて少し拗ねた様な口調で甲斐クンはドアの前に立っている。
「どいてくれないと、帰れないんですが」
「ねぇ」
「なんです」
「永四郎祝ってくれないの」
「自分で自分を、図々しいとは思いませんか」
テニスバックを背負ってドアの方へ向かうと、一瞬甲斐クンはたじろいだが、ドアの前から動こうとはしない。どうにかして俺に祝ってほしいらしい。けれど俺はそんなのにかまってられないし、巻き込まれるのもごめんなので更に近づいた。それでも甲斐クンは動かない。
「ちょっと」
「べー」
「いい加減にしなさいよー。いいじゃないですか、皆に祝ってもらったんでしょう」
腕を組んで睨みつけると甲斐クンは身を固くしたが、それでも退く気配はない。
「わん、今日は永四郎に祝ってもらえなかったら、帰れねーらんど」
「何故です」
「誕生日って、大事な日じゃない?」
ふいと甲斐クンの目線がはずれて、俯いた。
「あまりそうは思わないですが」
「あーとね……わんにとっては大事な日なの!」
口調はむきになってるのに、甲斐クンは俯きがちで決して俺と目をあわせない。睨んでやろうと思ったのに、目が合わなければ効果がないので、諦めるしかない。彼曰くその大事な日に、何故わざわざ俺のような人間のところにわざわざやってくるのか、理解ができなかった。いつもは、怯えてるくせに。俺が怒ったり睨みつけたりすれば、怯えて身を縮めるくせに。何故今日に限って。
「誕生日に、ね……」
「はい?」
「一番好きな人に祝ってもらえないのはしーからさんよぉ」
ぽつん、と甲斐クンが言う。一体何を言ってるのかわからなくて、俺の眉間に自然と皺が寄った。
「永四郎、わんはやーぬくとぅがしちゅん」
甲斐クンが、今度はきっぱりと、そう言った。
「それ、は、」
今度は俺がたじろぐ番だった。まさか、同級生の、チームメイト、しかも男に告白されるとは思わなかった。一体甲斐クンが何を考えているか理解できない。こんな、こんなにも、面白くない男の何がいいと思って告白したのだろう。
「何か、新手の罰ゲームですか?」
「え?」
「誕生日なのに、可哀想ですね。どうせ平古場クンあたりに言われたのでしょう?」
そう考えるのが妥当だと思った、だからそれを口にした。さぁ、今すぐ、笑って、いつもの陽気なテンションで、帰りなさいよ。
「フラー罰ゲームなんかじゃぁねーらんどぉ永四郎ぬフラー!」
俺の思惑とは裏腹に、甲斐クンの目には涙が光っていた。……参った。泣かせるつもりはなかったのに。
「甲斐クン、」
「やーがわんぬくとぅ嫌いと思ってるのはわかってる!やてぃん、わんぬ気持ちまで踏みにじらないで」
甲斐クンの目からぼろりぼろりと涙がこぼれては落ちていった。
「泣き顔、不細工ですね」
「ううっ、ううー……みんちゃさいよぉ」
「誤解されては困りますね、俺が、いつ、どこで、あなたのことを嫌いだと言いましたか」
「……あびてねーらん、わかるさぁ、やーぬ態度見てたら」
「わかってません」
そっと指の腹で涙を拭ってやると、ようやく甲斐クンが俺の目を見た。目がもう赤く腫れている。この分だと明日もこのままだろう。
「嫌いだとは思ってません」
「うう―――……」
「あなたは、俺と正反対だから。あなたの方が俺を嫌いなんだとばかり思っていましたよ」
「うんねーるくとぅ……、」
「誕生日なのに泣かせてすみませんね」
「……勝手に泣いて、わっさん」
ずずずと鼻をすすった甲斐クンはごしごしと目を拭った。
「誕生日、今から祝って差し上げましょう」
「え……いいの?」
「俺は構いませんよ」
「……気持ち悪くないかや」
何がと問いただすと、ぼそりと告白したこと、と甲斐クンが呟く。
「ああ、それ」
「わんぬ中では一番重大やさぁ」
「馬鹿ですかあなた」
ふぅと溜息をつくと、甲斐クンはまた怯えたように俺の顔色をうかがってくる。まったく、言わないとわからないのか、この小動物は。
「嫌なら、祝ってあげたりしませんから」
ほら出ますよと手をひいてドアから離れさせると、甲斐クンが赤い目のまま照れたように笑った。
さて、どうやって祝ってやりましょうか、ねぇ、甲斐クン?










切なさ、トキドキ、幸福感










はっぴーばーすでー、ゆうじろう!ギリギリ間に合ったか、な!誕生日なのに泣かせてやりましたとも!えへへごめんね^^永四郎はこんな子です、素直にみんなの輪の中に入っていけないのです、そして「俺はあいつらと違うんだ、大人なんだ」思考が働く子だと思うのです。でも純真無垢な裕次郎の前ではそれも無効になってしまえばいいと思うよ^^なんてったって中学生ですから。眩しいぐらい若いな……!(2010 08 27 jo)