「オサムちゃーぁん、っはー」 「うーわぁちょっとお前まじ酒臭いってあかんって、あかん、」 「いけるわーじぇーんじぇん酔ってへんしーぃ?ちゃんと自分で帰れるわー」 「お ま え、すでに足取りがよぼよぼのじーさんみたいやで、あほやろ、ったく、しゃーないやっちゃなー俺の家行くで、泊っていきー」 「恩にきるわ」 「はいはい、もーすぐそこやから、頑張って歩いてねー」 「はーいセンセー」 日中は温かいのに、夜になるとまるでその温かさが嘘のようにぐっと冷え込むこの時期、一人で帰らせでもしたら駅のホームで眠りこけて風邪をひくに決まっている。ぐいぐい飲むからいけるクチだと思ってペースをあげて一緒に飲んでいたが、流石についこの前まで高校生だ、気付いたら俺よりもべろんべろんに酔っぱらっていた。 大学に合格したら飲みに行こな、とそう口約束したのは確か中学の卒業式の日だった。奢ったるわと言ったからなのか、金銭に目ざとい関西人らしく、謙也は見事第一志望の国公立に一発で合格し、結果がわかったその日のうちに飲みに行こうとメールをよこした。高校生活の三年間、勉強に恋に部活に、と忙しかったせいもあるのかもしれないが、恩師に一度たりとも連絡をよこさなかったのに、合格していきなり何が飲みに行こう、だ。確かに合格してくれたのは嬉しいが、現金な上に調子がよすぎやしないか、礼儀というものを教えてやらねばならん年やな、とかなんやかんや考えながら待ち合わせ場所に行くと、三年前と比べてずっと大人びた謙也がいた。お前、謙也なんか?と尋ねると、なんやねん、疑うン?三年前あんなに仲良ぉテニスした仲やんかぁ。そう言ってにやっと笑った。俺も三年分年とったんかーと少し虚しくなったりもしたけど、結局怒る気は失せ、二人で思い出話と高校の話と、それから将来の話で盛り上がった。 そうして、今に至る。 「んふーオサムちゃんの匂いするわー」 「そら俺のベッドやしな」 「んー」 「ほんまはー風呂入ってからー布団に上がって欲しかってんけどーもぉええわ自分だるいわ」 ソファに腰を下ろしてベッドの上を見やると、謙也が完全に酔ってすわった眼でこっちをとろんと見ていた。 「あんなぁ頼むからさー、大人の前でそんな無防備な姿さらすなや」 「なんでやー俺女子とちゃうしーぃ?」 「アブナイ大人もいるの、それくらいわかってー」 「なにーオサムちゃん俺によくじょーする?」 ヨクジョー?浴場?何言ってんねんこいつと顔をしかめると、謙也は俺を指で招いた。 「何様や、誰の部屋やと思ってんの?」 「なーセックスせーへん」 「セっ……なー謙也クン、真剣悪酔いやろそれほんまタチ悪いわ、ははは」 「の割には棒読みやんかセンセー、余裕ないやろ」 卒業したといえども生徒だぞ生徒。テニス部で会うとかなった時気まずい空気になりはしないか、駄目だ俺駄目だと理性が叫ぶが、俺はもうすでにソファを離れ、謙也のいるベッドへと近づいていた。 「なんやねん、ガキがー。生意気やんなァ」 「あはは、でも俺ずっとセンセのこと好きやってんで」 「そうなん」 「うん、……結局言えへんかったし、今みたいに、酒の力借りてしか言われへんわ」 とろんとした眼が俺を捉えた。ああもうこれだから酔っ払いは手に負えないんだと脳裏でうっすら後悔する。 「そないな冗談でオトナをからかったりしないの」 「……冗談ちゃうもん」 絞り出すように吐き出された声が、俺の欲情を駆り立てた。 「後悔しーなや、」 「訴えたりせーへんし。なぁ、遊びでえーから、軽い気持ちでえーから、」 抱いて、と言いたかったのだろうその唇を、俺はあっさりと己の唇で塞いでしまった。 ベッドの上に、というか謙也の上に乗りあげ、動けないように両手をベッドに押さえつける。 角度を何度も変えるうちに、どんどん体温が上昇していく。貪る様な口づけを繰り返し、舌を絡ませ、口の周りは互いの唾液でべとべとになった。眼を開けると眼の前に謙也の幸せそうに潤む眼がそこにあった。息苦しくなって唇をはなす間際、唇をちゅ、と吸われる。どこで覚えてんこのガキ。 「あー酒臭っ」 「オサムちゃん最悪や、デリナシーやわ」 「……そんで、どうなん」 「何がよ」 謙也は誘うような、それでいて挑むような視線を俺に注ぐ。あーもう俺こんな生徒になるよう育てた覚えはないのに、いつの間にこんな卑猥な子になってしもたんやー。三年前の謙也と今目の前にいる謙也がどうしても結びつかなくて頭を抱えたくなる。 「なーァ、」 「何?」 「さっきの、過去形なん。現在進行形とか、ないん」 もう少しふざけた調子で言おうと思っていたのに、思ったより低い声で真面目に言ってしまったことに自分で驚く。流石にあかんやろ、高校生やってんから彼女くらいおるし、三年前の教師に恋した思い出なんて捨て去りたいやろ、なんで俺そんなこと聞いたん、と一瞬のうちに後悔が駆け巡った。 謙也の手を開放し、ゆっくりと離れ、顔をそむけた。 「ちょっと、頭冷やしてくるわ」 「オサムちゃん、」 # 「オサムちゃんオサムちゃん、」 「なんやー自分、まだ帰ってなかったん?」 もう1、2年の生徒も卒業生も帰って、妙にしんとした部室に、謙也が1人でふらりとやってきた。 「いやー今から打ち上げやねんけど、俺はまた忘れてお礼言いに来れるかわからへんかったから、今日中にお礼言っとこーと思てん」 「忘れないようにする努力とかないん?まぁとりあえずは卒業おめー」 「ありがとうー相変わらず緩いなぁ」 男子でも、学生らしく卒業式で泣いたのだろう、眼が赤く腫れていた。 「やー、高校生かー、わくわくやね」 「なんや気持ち悪いし」 「うるさいなーぁまァえーやんか。自分特色でもう決まってんねんから」 「せやなー蔵リンとか発表まだやしなー」 「お前らおんなじ学校やねんやろ?蔵リン受かるとえーなぁ」 「ほんまそう思いますわ。また一緒にテニスしたいし」 「テニス頑張れよー青春ちゃんとしろよー」 こくりと頷いた謙也の胸元でピンク色の花が揺れる。 「じゃァ、センセ」 「おーう」 「今まで、ありがとうございました」 そう言って深々とお辞儀した謙也の声は心なしか震えているようだった。今生の別れじゃあるまいしそんな大袈裟にしやんでもと笑ったら少しむっとして、真面目に言うて損したーと返された。 「また会うたらえーやん、いつでも部活に遊びにきーやー」 「うん」 「大学合格したら、飲みに行こな、奢ったるし」 「……うん」 謙也の眼は徐々に涙でいっぱいになって、うえーと情けない声をあげて謙也は泣いた。 「俺かて可愛い生徒が卒業してしまうンは悲しいわ」 特に、お前は、と思わないことはなかった。 # 待って、と裾を引っ張られて振り向く。酔っているにしては、しっかりとした視線が、俺の姿を見ている。 「なァ、今も、て言うたら、どうする?」 「そんなん、……」 反則やわ、三年越しの告白なんて。
three years (2010 03 19 jo) |