好きなもの。 善哉、テニス、携帯電話、自分の時間、それから、 忍足先輩。 「ゲームセット!ウォンバイ忍足!6−2!」 コートに監督の声が響いた。向かいにいる一氏は悔しそうにラケットを握り締め、忍足は嬉しそうに拳を握り締める。 財前は試合が終わり、忍足がコートを出ると持っていたタオルを差し出した。 「お疲れ様です」 「おー、ありがとな」 忍足は笑顔でそれを受け取ると、テニスでかいた汗を拭き始める。太陽の光が当たって、髪がキラキラと光っていた。財前はそれを眺めて、心の中でガッツポーズ。先輩にこうしてタオルを渡すのは結構難しいのだ。一年の中だけじゃない、女子のテニス部もライバルだ。普段は女子が真っ先にタオルを渡しに行くのだが、今日は女子テニス部は遠征。絶好のチャンスだった。 「おーきに」 「いえ、」 「そーいや、財前がこうやってタオル渡してくれんのって初めてやんな?」 「あ、はい」 「一年の内って基礎練大変やんか。んで結構辞めてく子多いねんけど……」 「何ですか?」 「財前は、頑張ってるし、ええな!」 爽やかな笑顔。財前の胸がざわついた。手に持ったタオルをぎゅッと握り締める。 「あ、の」 「ん?」 顔が上げられず、すっと視線を地面に落とす。怖いんじゃない、緊張しているからだ。 「どうした?」 「い、え」 何も、と言う声が掠れた。すると、熱い手が財前の小さい頭に乗せられる。忍足の手だ。財前は初めて顔を上げて忍足を見た。 「……せや、財前にええ物やるわ」 忍足は明るく言うと、左手首に着けていたリストバンドを外し、財前に手渡した。 「……これ、」 「あ、汗かいてたん忘れとった!洗ってな」 「ありがとう、ございます」 「うん」 忍足はくしゃりと財前の頭を掻き混ぜる。 「やっと笑ってくれたなー」 「!」 「ええ顔やん」 その方がええで、と笑った忍足の方が良い笑顔を見せていた。 財前は忍足のリストバンドを同じ左手首につけ、ほおを紅潮させた。 嬉しかった。また、好きなものが1つ増えた。 好きなもの、大事なもの。 忍足先輩と、宝物のリストバンド。
好きなもの、大事なもの。 (2010 09 28 時雨) |