友達に好きな子ができた。










素直に喜べない、自分がいた。










「ひかるー、それ取って」
「それってどれやねん」
「あー、もうっ」
あれ、と思い始めたのはつい最近の話。謙也と後輩の財前が、仲良さ気にじゃれ合っている。
いつも見る光景なのに、ズキリと胸が痛んだ。
……何でやねん。





「俺な、好きな子できてん」
「……ほんまー?良かったなぁ。今回は上手くいくとええな」
よく晴れたある日の昼休みのこと。俺と謙也は一緒に昼飯を食べていた。購買で買ったパンと、安っぽい味のジュース。
謙也の好きな、苺ミルク。ほんまはこんな甘ったるい物、好きやなかってんけど、何故かあいつの影響で飲むようになってしまった。
何でなんやろ。
何で俺ってあいつに左右されてまうんやろ。
「……うん、せやなぁ……」
「え」
ざらついた声に、俺は思わず謙也を振り返った。謙也は少し下唇を噛み締めて、思いつめた顔をしている。
胸が、ざわついた。
「……謙也?」
「今日な、告ってん」
「!」
「せやから、あいつの返答次第ってやつ」
「……そうかぁ」
ズズ、とわざと音を立ててジュースを吸った。
勘の鈍いあいつは気付かんやろう。
聞きたくないって気持ちを。
「……早よ答え聞けたらええな」
「ほんまやでぇ。もう全ッ然授業集中出来へんしやで」
「気の毒になぁ」
「しらいしぃー」
甘えた口調で謙也は俺に擦り寄ってきた。俺はいつも通り、やめろ、暑苦しいわって言って拒絶する。
でも、何故か躊躇ってしまった。
あいつが僅かに目に涙を浮かべていたこと、
上手くいったらもう、俺に甘えてくるのはないこと、
それらをを思うと、ぞんざいにあしらうのは、勇気が足りんくて。
そして、
(上手くいかんかったらええのに)
とか思ってしまう自分は、酷く心の弱い、卑しい男で。
こっちまで泣きそうになってしまった。
「……けんや」
「ん?」
「……やめろや、暑苦しいわ」
そう言った俺の声は、情けなく上擦っていた。





「付き合ったら、どないすんの?」
ただの興味本位で聞いた、何気ない質問。
扇風機を抱え込み、暑い部室で何もしていないのに汗を流す。
「……せやなぁ」
謙也は短い金髪を弄りながら無邪気に笑った。
「……まず、敬語やめて貰うねん」
「へぇ。ってそれ、明らか年下設定やん。好きな子、年下なん?」
「うるさいわ。んでな、帰りは毎日一緒に帰って、手をな、こうやって貝殻繋ぎして」
謙也は俺の手を取り、ぎゅっと握る。心臓が、ドキリと跳ねた。
「いたた、力強いわ」
「わ、ほんま?すまんなぁ」
「好きな子とする時は、もっと気ぃ遣いや」
「うん」
謙也は頷きながら頬を染めた。
ほんま好きなんやな、と俺は微笑んでやる。
「……ちわー」
「お、やっと来たかー不良少年」
部内の2年で唯一のレギュラーがやって来た。かったるそうに鞄を抱え、耳には何個もピアスを連ねている。
俺の中で頭を悩ませる部員ナンバー2や。ちなみに1番は金ちゃん。
「よ、よぉ、財前ー」
ガタン、と音を立てて謙也は椅子から立ち上がる。何だか、動揺している様子だった。
「……っす」
財前はチラリと謙也を見て、さっと視線を逸らした。心なしか、顔が赤い。
「……俺、オサムちゃんからメニュー貰ってくるわ」
「おー、行ってらっしゃい」
「あぁ」
足早に部室を後にする。何故だか分からないけど、あの場にいるのが凄く嫌だった。
何でや?
ただのチームメートや。財前はただの後輩。謙也も、頼れる同級生。
(……せや)
一瞬だけ謙也と財前の間に流れた空気が、俺を居づらくさせたんや。
(何でやねん……)





数日後のこと。俺は週に1回の部室の掃除当番に当たっていた。
他のメンバーは早々に着替えを済ませ、学校を後にする。
俺は一人で箒を動かしながら、ふと窓の外に目をやった。何で見たんか分からんけど。
「……あ」
俺は見てしまった。謙也と財前が並んで帰る姿を。
別に一緒に帰るんは不思議じゃない。けど、
謙也が、おずおずと、まるで壊れ物でも扱うみたいに財前の手を取ったのを見て、確信してしまった。
「……上手く、いってもうたんやな」
自分のとは思えないか細い声が、渇いた喉から発せられる。
俺は部室の床にしゃがみ込んで、歪んだ視界を目を瞑ることによって絶ち切った。
もう、あの無邪気な笑顔は俺の物じゃない。
もう、特別な感情を抱いてはいけない。





好きな子に好きな子ができた。










幸せになれよと願うにはまだ心の余裕が足りない、自分がいた。





















(2010 08 24 時雨)