2年前の話。
「ねぇねぇ、もしかして、やーもテニス部見に行くんかや?」
さらり、と黒髪が風に靡いた。
「良かったら、わんと一緒に見に行かん?」
「……別に、構いませんが」
右手で眼鏡を押し上げ、少し硬い声で同意した。
まだ、齢12歳の春。
2人は出会った。
名前も知らない、たまたま席が近かっただけの関係。
裕次郎はどうだったが知らないが、永四郎は彼が話しかけてこなければ一生喋る事も、存在に気付く事もなかっただろう。
ただ。
頬を赤く染めた裕次郎の微笑みに、永四郎は知らずに好意を抱いていた。
まだ、お互いを何も知らない頃だった。



「ねぇねぇ、5限に始まる進路説明会って、どーしても行かなきゃいけないかや?」
「……サボったらいけませんよー」
ふわり、と茶髪が風に靡いた。
「良かったら、わんと一緒に抜け出さん?」
「お断りです」
「えー」
永四郎は右手で、眼鏡を押し上げ、硬い声で断った。
裕次郎は唇を尖らせ、不貞腐れて机に突っ伏する。
「やーはまーめー過ぎやっし」
「というか、何で此処にいるんですか」
「え、皆いるしや」
「そういう……」
1組で、何故かテニス部がたむろしていた。深い理由はない。
空いた席にそれぞれが座り、ただ日常会話をする。
田仁志と知念は顔に似合わず恋バナに花を咲かせ、知念は楽し気に相槌を打ちながら話し、
平古場は1人、iPodでダンスミュージックを聴きながら、遠巻きに“想い人”を眺めている。
甘酸っぱい様な、苦い様な光景だ。
「……わざわざ来なくても」
「えー、そしたら永四郎がしーからさんっしょ?」
「フラー」
「どーせフラーやっし」
「フフ」
「あ、笑ったなー」
「いえ」
「ねー、やっぱ抜けん?屋上とか、保健室行こー」
「……別に」
「ん?」
永四郎の目が一瞬だけ笑った。
「あ、」
「構いませんが」
「しんけん?!」
「5限だけですよー」
「うおー!永四郎の分のジュースも買ったる!」
「そんな喜ぶ事ですか?」
「うん!」
裕次郎は眩しい位の笑みを見せ、駆け足でジュースを買いに行く。
「先、屋上行ってて!」
「……はぁ」
「おー、いったーサボるんか?」
「まぁ、」
「あんしぇー、わったーはまーめーに体育館行ってちゅーさ」
「永四郎の分の資料は不知火が取っててくれるって」
知念が微笑む。田仁志はさっさと1組から出て体育館へ向かった。
田仁志を追う知念の後を、平古場が慌てて追い掛ける。歩幅が全然違う彼を必死で追い、タックルをかける様に後ろから抱き付く少し背の低い平古場を見て、永四郎は口元に笑みを浮かべた。
ゆっくりとした足取りで階段を上り、重い扉を開けて閑散とした広いスペースに入る。
誰が運び込んだか知れない机と椅子を見つけ、そこに腰かけた。
静かな一時。
低いチャイムの音が始業を告げる。とうとうサボってしまった。
密やかな溜息。
軽い足取りが近付いてくる。すぐに、扉が開け放たれた。
「っお待たせ!」
「遅い」
ピシャリと言い放ってから、永四郎は無防備に笑いかけた。
「……早くこちらに来なさい」
まだ、齢14歳の春。
頬を赤く染めて笑っている裕次郎に好意を抱いている。
けれど、お互いの事はあまり知らない。
永四郎は走ってきてまだ息を整えている裕次郎の頬にそっと手を添えた。
裕次郎は軽い上目遣いで永四郎を見上げる。
何も知らなかったあの頃とは違う。
これだけは知っている。

お互いの気持ちだけは。
















あとがき
甘酸っぱい木手甲斐になってしまった\(^o^)/ (2010 09 20 時雨)