ある日、美容院に行った時、美容師とこんな会話をした。 「凛ちゃん、なまいくつよー?」 「わん?んー……27になるなぁ」 「27歳っ?わー四捨五入したら30だねー」 「あー……もうそんな歳になるかやー」 「っていうか、凛ちゃんまだ独身でしょ?そろそろ身を固めた方が良いんじゃないかや?」 「結婚、ねぇ……」 今まで考えたり、意識しなかった事。周りの方が心配してくれてる。 進学の時も、就活の時も、その度言われ続けてきた、『なんで自分の事なのにそんな無気力なんだ』って。何でこんな大人になってしまったんだろう。大人って、もっとしっかりしてて、自立してると思ってたのに。 イイ人いないの?としつこく聞いてくるから面倒くさくなって、適当にいつか結婚すると笑って店を出た。 結婚なんて。笑わせる。 ふらりと立ち寄ったコンビニで、適当なファッション雑誌を手に取る。 表紙は、勿論あいつ。 「……知念」 いくつかの雑誌を見てみても、知念、知念、知念……あいつが付きまとう。 10年以上も前に島を出て行ったあいつは、今もわんを苦しめている。 知念は地元の高校に入らず、誰よりも早く東京へ進出していった。きっかけは、モデルの勧誘。ゆくしだと思った。確かに、知念は背も高いし手足は無駄に長いし、モデル体型だとは思う。けど、表情乏しいし、似合わないと思った。わんは、からかった。でも、まるで知念は真剣だった。出来ないと思ったのに、知念は東京へ行ってしまった。都会でのたれ死んでしまってるんじゃないかなんていうわんの心配をよそに、知念は大物になった。 とある広告を見たとき。ずっとダブルスパートナーとして付き添ってきた自分でも、見た事ない知念が、そこにいた。しかもイタリアのブランドっていうから余計驚いた。世界かや。あの日は何回マブヤーって言ったかわからない。 その後もあいつは、いくつかの雑誌に載ったり、ファッションショーに出たりした。周りは皆すごいて言った。 わんだけ、素直に喜べなかった。 わんは、知念が大好きだったから。 どんどん有名になってって、どんどん忙しくなってって、沖縄に帰ってこない知念が憎かった。嫌いになりそうなくらい、憎くて、憎くて、憎くて、 「あぁ、もう」 わんは雑誌を置いてコンビニを出た。こんな日は寝るに限る。このむかむかした気持ちを全部今すぐ投げ捨てたい気分。その時 「凛」 それこそ凛とした声がわんの鼓膜を叩いた。足が自然ととまる。どうやら背後に、声の主がいるらしい。聞き間違いかも、風邪の音かも、それなのに足は進もうとしてくれない。 「平古場、凛」 今度こそ振り返らなきゃいけない。けど怖かった。だって、その声の主は、わんが憎くて憎くてたまらない…… 「ただいま、凛」 サングラスを外し、あいつは微笑んだ。 わんが憎む、そして愛する知念がそこにいた。 「……本物?」 「偽物とか、あんの?」 「ない、けど」 お洒落なスーツケースをひいて、奴はわんに近寄ってくる。 「会いたかった」 「何で?」 結構速く、しかも冷たい声音でわんは聞いた。知念は肩をすくめる。 「何年も島に戻ってなかったからなぁー……凛とも話したかったし」 あんしぇ、何で、 「今なの?」 何年どころじゃない、もう11年にもなるんだよ。 「……会いたかった、それだけじゃダメ?」 「ダ、メ……に決まって、」 言葉とは裏腹に、視界がぼやけた。 ……――わん、本当は、寂しかったんさぁ。 * とりあえず、知念をわんの城に招いてやった。築十数年の、2LDKの一室。 知念は荷物を置き、わんの淹れた茶を飲む。 「あ、サンピン茶やさぁ。懐かしいさぁ」 「そう」 「凛、調子はどう?」 「別に」 「仕事は?何して、」 「フリーター。バイト転々としちゅうさー」 「えっと、彼女、とか、」 「いねーらん」 「そう……」 そこで会話は途切れた。知念が茶をすすりコップを置く音と、時計の秒針がカチコチと動く事だけが部屋に響く。 本当は、もっと話したいのに。 きっと知念はこんなわんと喋っても楽しくないだろうに。 知念はただゆっくりとわんの部屋で過ごした。 「実家、帰らんでいいの?」 「うん。実は、帰るの明日って伝えてあって。でも一日早く帰る事になったから、帰ってきちゃった」 「そう」 「凛に会って、ゆっくり話したかったしね」 ズキン、と胸が痛んだ。知念は言ってくれてる、わんに会いたかったって、何度の。わんもそれに応えればいいのに、唇が動かなかった。 「凛、もしかして、俺が急に押し掛けてきたから、迷惑だった……?」 「え」 「いや、なんとなく、ね……」 知念は頭をかく。相変わらず綺麗な黒髪。 「俺ばっかり会いたかったのかなって」 「そんな事っ!」 やっと声が出た。知念はびっくりしている。 「ねーらん、やしが、色々考えちゃって……」 「……どうした?」 「だってわん、知念がいないとこで、全部知念のせいにしてたんさ……わんが悪いのに」 中学時代の友人とも、一時期喋らない時があった。知念がいなくて寂しくて、なのに普通に状況を喜んで許す皆が信じられなくて、心が寛大じゃないわんは荒れた。そんな高校時代。 適当に入った大学では、何人かに好意を寄せられた。良い子ばかりだったと思う。でも拒んだ。知念が忘れられないわんに言い寄る子たちがおかしいと思った。おかしいのはわんなのに。 全て知念が絡んでいたから、全部知念の責任だと思った。 酷い責任転嫁だ。 「わん、じゅんにヤな奴なの……」 嫌われたくない。好かれたい。 いい大学、いい会社に行きたかった。 素敵な子とお付き合いしたかった。 なんて身勝手。 「……俺、昔から凛の気持ち知ってたよ」 ぽつりと知念が低音で呟いた。 「何、て?」 「俺、一応好かれてる自覚あった。ごめん」 さっきまで標準語で話していたのに突然沖縄なまりが戻ってきた知念がぺらぺら喋り始める。 「昔から一緒にいたしな。小学校も一緒だったし、中学では部活一緒どころかダブルス組んでて……凛とは誰よりも仲良かった自信あったし、これから先もずっと仲良しでいたいと思ってた」 「……うん」 「でも、もともと俺は比嘉高進んでも理数系特進クラス入る予定だったし、テニス部入ろうとは思ってなかったしな……どの道、凛を傷つけてたと思う」 「そ……か」 全然知らなかった。知念の事、何も知らなかった。 「上京したいって思ってた。スカウト受けたときはチャンスだと思った。けど、ちゃんと考えたよぉ、凛をどうしようって。もしかしたら、俺も好きだったのかも」 「ふうん」 暴かれる。暴かれてる。 「ねぇ、もしかして、凛は今も好きでいてくれてる?」 「それ、は……」 「俺、凛をいっぱい傷つけて苦しめてる自覚はあるんだけど」 「……うん」 好き。憎くてたまらないけど。 本当はもう嫌いなのかもしれないけど、でも、 「しちゅん」 早口に告げた。 「……そっか」 「……うん」 「知ってた」 「そう」 「今までほったらかしでごめん」 やっぱり憎い。こういうところとか大キライ。わんの気持ち知ってて。11年も放置して。 でもわんもこいつを忘れられなくて、期待して、独り身だったのかも……? 「フラー」 「ごめん」 「わんもやーも、フラーだ」 「うん」 知念はくしゃりとわんの頭を撫でた。大きくて温かい手。 「ちねん……」 「うん?」 まるで恋人に対する様な甘い響きを含んだ声音に、どくんと身体があつくなった。 すぐ、唇は触れた。 木手×甲斐「8年。」の対になるお話。joがうpするの忘れてまして、遅くなりましたすみませんm(_ _)m(2011 04 06 時雨) |