01 全力疾走の先に

[薄]永倉×山崎

バタバタ、バタバタ、駆けて来る足音。
途中つまづきかけても、此処まで走って来る。
……普通、教師が「廊下を走るな」と怒る方なんじゃないかと思うけど、
一般論はこの人には通じない。





「山崎!」
「五月蝿い」
ぴしゃりと言い放つと、永倉先生はしょんぼりと肩を落とした。
「お、お前が倒れたっつーから、心配して……」
「ただの貧血です」
「大丈夫か?」
「大丈夫です、ちょっと暑さにやられただけですから」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですって」
永倉先生は落ち着かない様子で椅子に腰掛ける。そんな様子でいられたらこっちも落ち着かないの、この人は果して気付いているんだろうか?
「先生、授業あるんじゃないですか?」
「いや、お前の傍にいるよ」
「……あんたね、」
恥ずかしいから、俺は布団を頭まで被った。
「ちょ、暑いだろ」
「暑くないです」
「暑気にやられてぶっ倒れたのはどこのどいつだー?」
先生はそう言いながら保健室の窓を開け放つ。涼しい風が入ってきた。
「涼しいだろ?」
「……はい」
「何か、欲しいモンとかあっか?」
「何で、ですか?」
「買ってきてやるよ」
「悪いです」
「へーきへーき。あ、アイスとかどうよ?」
「嫌いじゃないですけど……」
「うし!」
先生は保健室を出てそのまま走っていってしまった。一気に静けさが戻ってくる。いや、静か過ぎる。保健室には俺しかいないのだから。
(……早く、)
戻ってきて欲しいなんて。俺らしくない。五月蝿くなるのは分かりきってることなのに。
(……やっぱ、好きだから、か?そうなのか?)
一気に顔が熱くなった。いけない、もうこのことは考えないようにしよう。
「お待たせっ!」
「早っ!」
先生はぜーはーと息を切らし、にっこりと笑った。右手にはコンビニの袋。俺は戸惑いながらも受け取った。
「ありがとう、ございます」
「あぁ」
「俺なんかの為に」
「なんかって何だよ、お前の為だけに俺走ったんだぞー」
「そんな、息急き切ってまで……」
俺は上気した先生の頬に触れる。
「先生……」
「ほら、山崎の好きな苺味だぞ」
「……好きです」
「知ってる。前聞いたからなー」
「先生のことが」
「えっ?!」
目を見開いた先生の頬に、素早く唇を押し付けた。
「今日だけ、ですから」
「やま、ざきっ……!」
「全力で走って買ってきてくれたんだし、ありがたくいただきますね」
「と、当然だろっ」
抱き寄せられて、先生の逞しい胸に顔を埋める。先生の、汗の匂い。
「お前の為に買ってきたんだから、よ!」
「……はい」

こんなにも幸福。苺みたいに甘い気分だ。
……仕方ない、今日だけ素直になってやろう。





(2011 03 07 時雨)