02 これだけはどうしても

[薄]永倉×山崎

「なぁ、山崎」
朝食の時。永倉が実に真剣な声音で話し掛けてきたので、山崎も思わず姿勢を正す。

まだ二人が同棲して二週間の話。

「あ、のさ……」
「何でしょうか、永倉さん」
「お前に、これだけは言っておかなきゃいけねェんだ……聞いてくれるか?」
「……はい」
「これからも、仲良く二人で暮らしていく為に!」
永倉の強張った表情を見て、山崎は一気に不安になった。
お互い好き合って、付き合い始めて約一年。一緒に暮らす様になったのはまだ最近の話だが、山崎は永倉がとても好きだし、信頼している。底抜けに良い人で、明るくて、いつもふざけている様に見えて実は頭が良くて。男女問わず好かれるし、人望も厚いのだ。
(まさか、女……とか?)
山崎が一番恐れている事。永倉は女性とも付き合った経験があるみたしだし、男である山崎はいつ飽きられてしまうか分からないから、それが最も怖かった。永倉は異常にモテるし、いつ女に奪われてしまうか……
(怖い……けど、永倉さんはそんな方じゃない)
じゃあ何だろうかと山崎は思案する。すると、尤もらしい結論が出てしまった。
(しゃ、借金……とか!?)
昔、永倉は賭博が大好きだった。
暇さえあれば競馬中継を聞き、その結果で一喜一憂し、毎回何万円もそれに金を落としていたのだ。今じゃめっきりしなくなったのだが、もしかしたらその当時、怪しげな所から借金していたのかもしれない。その危険性は、十分有り得る。
(まさか自分に、借金の保証人になって欲しい……とか!?)
山崎は一人でぶるりと震え、永倉と目を合わす。永倉は、じっと山崎を見つめていた。山崎は永倉よりも収入は少ないが、二人力を合わせればという永倉の口車にまんまと乗せられるかもしれない。
(こ、怖い……!)
「や、山崎……?」
「あっ、いえ!どうしたんですかっ?」
「うん……あのな、」
ゴクリ、と生唾を飲み込む。そして、暫く二人で見つめ合った。山崎はその間、あらゆる恐怖と不安に押し潰されそうになりながらも、永倉の言葉をじっと待つ。
「永倉……さん?」
「……ケチャップ」
ケチャップ?と山崎は思わず聞き返した。
「俺、目玉焼きにはケチャップ派なんですけどっ!」
「……へっ?」
山崎は開いた口が塞がらない。永倉はビシッとテーブルの醤油を指差した。
「ずっと言えなかったんだっ」
「そんな、言ってくれたら良かったのに……」
「だって、言いにくいだろ?折角お前が朝飯作ってくれてよ……」
「あんた、そういう所だけ小心者なんだから」
くすりと笑い、山崎は席を立つ。そして、冷蔵庫からケチャップを取り出した。
「どうぞ」
「お、おゥ」
永倉は嬉々としてケチャップを目玉焼きにかけ始める。山崎も黙ってそれを眺めた。
「そんじゃ」
「はい」
「いただきまーす!」
「どうぞ」
永倉は嬉しそうにフォークを手に取り、目玉焼きを食べる。食事の時は、特に良い顔をする人なのだ。
(譲れない物ってあるよな……)
色々思案したが、結局全て杞憂だった。本当に良かった。
山崎は目だけで微笑み、黄身の部分にフォークを突き立てる。とろりと半熟の中身が流れ出してきた。醤油を手に取り、中心に注ぐ。
醤油と、ケチャップ。
好みが違っても、ずっと一緒にいられるなら、それで良いから。
「あ、」
「何?」
(……かけすぎた)






(2011 04 04 時雨)