BACK TOP

countdown

死にかけた。
目が覚めたら病院だった。
あまり覚えてないのだが、俺はバイクに乗って走行しているところを、居眠り運転したトラックとぶつかってぶっ飛ばされたらしい。脚と腕の骨折は結構ひどかったらしいが、他はかすり傷だけというなんとも奇跡的な事故だったらしい。脳震盪のせいか日頃のバイト疲れのせいか、眠り続け、自分でも驚く位眠りこけていた。
早く退院してぇよォ。せっかくの夏休みってぇのに、屋内でほぼ安静生活なんて憂鬱なだしな。美人な看護師さんに会えるのは嬉しいけどよォ〜なんて鼻の下のばしていたらバチがあたったらしい。
真夜中を過ぎた頃だったろうか、妙に寒くてトイレに行きたくなって目を覚ました。そしたら壁からあろうことか顔が生えていた。
「ぎゃ!」
やっべぇ。もしかして臨死体験したせいで俺見えるようになっちまったらしい。全身鳥肌が立ち、筋肉が強張った。今すぐナースコールしてぇけど、動けない。その顔を凝視して口をぱくぱくさせていたら、それがジロリと俺を見て言った。
「もしかして俺が見えるんですか?」
思わず丁寧な口ぶりに、首がこくんこくんと動いてしまう。とうとう霊とコミュニケーションとれるようになっちまったのか。
よいしょっと言いながら壁から出てきたそれは小柄な青年で、黒いローブを纏っていた。
「はぁーなんでしくじったんだろう俺」
深い溜息とともにそう言ったおばけは、今にも泣き出しそうなくらい目を潤ませて俯いた。
「辛い思いをさせてすみません、本当はあの日、あなたは死ぬ予定だったんですが」
「えー!」
「俺が……その、ちょっとしたミスをしてしまって、それであなたはどうも生きながらえてしまったみたいなんです」
「えー!……じゃぁあれか、お前は」
死神とかいうやつなのか、と自分でも聞き取れないくらい掠れた声で問うと、はいそんな感じです見習いですがと笑顔で返された。
「……お、お引き取り願えませんか」
「そんな、俺はあなたの魂が現世で浮遊しないように冥府へ導く役割なんですよ!」
「地獄へつれていくきかー!こンなよォ、まだ、まともに恋愛もしてねェような非リア充男を、つれていく気なのかー!」
「それがお仕事ですから」
どやっとでも言いたげな顔で頷く死神クンに俺はあいた口が塞がらない。
「なァ、俺やっぱり死ぬの?死ぬの?なァよォ」
「そうですね、一応あなたを迎えに行く日は先日の事故の日付ということになっております、牛島さん」
「名前までバレてやがるってぇのか」
「とにかく、寿命が終わっているということは、また何か不慮の事故が起こる可能性がありますので暫くは」
ついてまわりますとにっこり笑顔で言う死神クンに俺はげっそりした。俺は死ぬのか、死ぬんだな。あと何日生きられる。

 *

友達や家族が見舞いに来る時も、死神クンは黙って傍にいる。周りに見えないのをいいことに、俺のベッドの淵に座ったり足もとでまるくなって眠ったりかなり自由奔放だ。
食事をとる時もこれは何ですかどんな味ですかと終始興味津々で覗いてくるし、果物の色鮮やかなのを見ては俺これ好きなんですと笑うし、リハビリしてると少し離れた所からがんばれーとか声かけてくるし、なんだか本当に死神なのかと疑ってしまうくらい無邪気だ。ただ、トイレまでついてこられると妙に気恥かしい。これは無事退院できたとしてもおちおちエロ本もエロビデオも見れねェばかりかオナニーもできなくなりそうだ。こんなガキみたいなやつの前で、私生活晒したくねェしなァ。
「早く退院できるといいですね」
「お、おゥよ」
「外に出たらきっとすぐ何かしら事故に合いますから!俺がちゃんと導いてあげますので安心してくださいね」
「それすげー退院したくなくなる」
「そんなこと言わないで下さいよ」
「だってよォ」
「ひりあじゅーだからですか?」
「お前意味分からなくて言ってるだろ」
おでこにでこピンを喰らわそうとしたが、あっさりと指はおでこを突き抜けた。
「触れねぇのか触れねェよなーこええ」
「あはは、大人げないですね」
「うるせー」
とまぁこんな感じで俺の入院生活は過ぎていき、あっという間に退院してしまったのである。
入院生活+一週間前後くらいで、俺は人間の身体の神秘と男の生態の面倒くささを説明した。つまるところオナニーするのでその間は見ないで下さいという通知を。
「そんな回りくどくいわなくたって」
「わ、悪いか!どうもお前は子供にしか見えなくてやりにくいんだよ!」
「あなたの倍は修業を積んでますよ」
「な、んだと」
「あと、陸っていいます」
「あ?」
「名前」
「りく、か」
名前を呼んで、あ、っと思った。死神クンが少しはにかんで生っちろい頬を心なしか染めた――のは錯覚かもしれない(死神に血が通ってるとは思えないからな)。しかし死神にもちゃんと感情があって、それで、俺は彼に好かれているのは確からしい。
「りく、何でお前死神なんだよ」
「え!そんなこと言われても!」
「せめて守護神とか背後霊とか、色々あっただろうによ」
連れていくべき魂にもし恋をしたらどうするんだろう死神ってやつらは、とか考えておセンチになった俺であった。

 *

健康な肉体で真面目な生き方をしていれば、なかなか事故にあうような命の危機に遭遇する事はない。
ないので、俺の寿命延びたとかそんなじゃねぇのかよ?と冗談交じりに言ったら、そうかもしれませんと言って突然姿を消した。
いないことをいいことに夜はひたすらオナニーに没頭したけど、つきまとっているのが突然にいなくなるともの淋しい。早く帰ってこいよななんていう都合のいいことを思った。気が付いたらオカズがボインでキュートなおねいちゃんから陸にすり替わっていた。
「くっそ、……何日経ってんだよ……幻覚だったってのかよ……っく」
「牛島さん、」
「おわあぁぁぁああぁぁああ!」
「あっと、オナニー中にすみません!」
「ばっか、見ンじゃねェ!そんで突然消えて突然現れるな!」
「すみません!」
慌てて壁をすり抜けていく陸を確認した後に、事後処理を行った後に呼び戻した。
「どこいってたんだ」
「調べに」
「何をだよ」
「あなたの寿命を……ってなんでなんか俺怒られてるみたいな形になってるんですか?」
「お、怒ってねェよ!で、どうだったんだ」
「寿命……」
「おゥ」
「空欄になってました」
「は」
「生かすも死なすも俺次第みたいです」
「そ、れは」
「牛島さん死にたくないでしょう?」
「まァな」
お前といられるなら別に死んでもいいかもと思わないことはない、という言葉はぐっと飲み込んだ。
「……牛島さんの魂は、俺が責任を持って導きます。本当にもう人生に悔いがないと思ったら呼んでください」
「待て待て待て!……どっか行くのか?」
「帰ります」
「じゃぁ、もう俺のところには、来ないのか、死ぬときまで?」
「そうなりますね」
陸は笑おうとして笑えなかった。
「……俺、あなたが事故にあうときに、見てたんです。ちゃんと導かなきゃって思って。……でも、なんだか一と目見たときに死んでほしくないと思った」
そういうのを一目ぼれって言うんじゃないんだろうかと俺は聞いていて恥ずかしくなった。なんで男の死神相手に照れなきゃいけねぇんだ……しかもさっきまでオカズにしてた相手だよおィよォ……。
「話してたらもっとずっと一緒にいたいって思う様になってしまって。……本当は良くないのに。さっさと導かなきゃいけなかったんです。だから帰って修業しなおしてきます」
「でも俺お前がいないと寂しいし、俺もう死んでるも同然じゃねぇか」
「俺はあなたが死に臆することなく楽しく生きているところをもっと見ていたいんです、牛島さん」
死神の愛の形ってのはわかりにくい。これが最上の告白の言葉だと言わんばかりに、潤んだ瞳で俺の目をじっと見てきた。
「牛島さん、あなたは俺の特別です」

 *

時がたつほどに、その異種族恋愛とも言うべきあのほろ苦い感情は薄れていった。 他愛無い会話も、最後の熱い視線も、霞がかったような幽かな記憶になりつつある。本当は夢だったかもしれないとも思うが、俺は相変わらず非リア充のまま、それなりに日々を過ごしている。 こうしている間にも、黒いローブ姿の少年が徐々に近づいてきているような気がする。そして、いつか迎えに来たその時に全部思いだす、きっとそうなるに決まってンだろうよォ。
多分あの日あの世に導かれたのは、俺の恋心だった。





そこで終わり?!とか言わせません^q^結ばれない恋が好きな今日この頃^w^(2011 08 19 jo)

 

BACK TOP