Tacitum vivit sub pectore vulnus - 傷は静かに胸の下で生きる -

「凛クン」
「んン?」
振り返った幼馴染は、口にパンを加えたままわんを見上げた。
「相談が、あるんさァ」
「あい、何ね?」
「告白された」
え!と眼球が飛び出そうなくらい眼を見開いた凛は立ち上がるとわんを部室のベンチまで追いやって座らせた。凛はわんぬ右隣に座ると、ケホンと咳払いを1つしてみせてから、声をひそめて
「で?」
と続きを要求する。一応プライベートな話だから気を遣ってくれたのかもしれないけど、もちろんわんだって誰も来そうにないタイミングを見計らって相談しにきたんだよ?
「さっき、普通科の子に呼ばれて、」
「うン」
「よかったら付き合って、って」
「……知念は、その娘どう思っとぅるんばァ?」
「……いっぺーうじらあさんと思う。やてぃん、釣り合わないと思うんさァ」
「じゃなくて」
次第に凛の周りの空気が張り詰めて、物言いが刺々しくなる。一体何をそんなに苛立っているんだろうか。相談したのが、よくなかった?
「付き合いたいのかって、聞いてンの。知念はどうしたいわけ?」
「わからン」
「わからンじゃねーらン」
「……悪くはないと思う」
「あんしぇー付き合え」
「やしがちゃー、」
「いきがが言い訳すンなァ」
「わっさン」
凛は足をぶらぶらさせながら俯いている。どんな顔してるのか覗き込むわけにもいかず、怒っているのか眠いのか、はっきりとわからなくてもどかしかった。
友人の、恋愛話を、こいつはどんな顔して聞いているんだろう。
「もう一緒に帰れねーらン、しーからさん」
「ぬーでぃ、一緒に帰れねーらンど?」
「カップルは一緒に登下校するもンやっし」
「だぁるば。やてぃん、たまには一緒に帰ろ」
「考えとく」
「……冷たいさァ、凛クン」
凛の方が彼女くらいいそうなのに、凛が常にフリーなのは、すべて断ってるからだってことは知ってる。でも、何故断るのかを聞いたことはない。尋ねても、面倒だからとひきつり笑いをするのは誤魔化している証拠だった。
その絶妙な距離が、怖い。踏み入れたら、二度と触れられないところまで逃げてしまいそうで。
「凛くンは反対すると思ってたさァ」
「なんでィさ」
「なんとなくさァ」
知念に彼女とか許さんど、とかって騒いでくれたら、わんは迷わず断ったのに、と心の奥底深いところで思う。密かに、そんな反応を期待していた。恋人など入れたくないというような、友情からくる嫉妬が少しでもあれば、この叶うはずない恋を続けるわんの心が少しは報われていたのに。大抵の男には、男に恋をするという概念がないから、きっと打ち明けても、気味悪がられて終わる。好きだと打ち明けたいけど、今の信頼関係を壊したくはなかった。
「まァちばれー」
「不器用な上に変人やくとぅ、努力はするさァ」
「あ、自覚あンの?」
「や、いったーがあびるから」
「だーるば」
告白してきた子は、普段ならわんだって断っていた。今回迷ったのは、背丈とか目とか、髪の感じが凛に似ていたからという単純な理由だった。もちろん凛はその子の風貌とか性格とか知らないだろう。知れば自分に似ていると気付くだろうか。気付いて、そしてわんの気持にも気付いてくれるだろうか、本当は凛と付き合いたいと思っている気持に。
「オメデト」
「……にふぇーど」
“オメデト”の4音が心にぐさりと突き刺さる。それはわんを祝う言葉で、=わんの失恋だった。心臓のあたりがきゅっと痛む。これが電話だったら、泣いたなァ。涙腺が緩みそうになるのを下唇を噛んで誤魔化した。
「うまくやれよ」
そう言ってわんを見上げた凛の笑顔が、今にも泣きそうなのは、嬉し涙なのか、……それともわんのいいように解釈していいの?
立ち上がって、帰ろう、そう振り返った瞬間には、いつもの笑顔に戻っていた。凛、わんは今日も明日も、これから先学生生活終わるまで、毎日凛と帰りたいんさァ、しんけん。
だって、わんは凛のこと……





(2010 03 23 jo)
誤字訂正(2010 09 02 jo)