Difficile est longum subito deponere amorem - 長く続いた恋をただちに捨てることは困難である -

(知念……)
フェンス越しに彼女と話す知念が見える。彼女は嬉しそうに知念に笑いかけ、知念も優しい、穏やかな顔をしている。
……不愉快。
よりによって、なんであの娘なんだろう。脱色した金色の髪に、女性らしい特徴はあまり見られない薄い体躯、強気そうなキツい目。裕次郎曰く、わんに似ている娘。言われてみたら、そうかもしれない、と思う。見れば見るほど、なんとなく、自分と似ている気がする。だから、悔しい。
ただ、性別が男か女かだけで。ついているかついてないか、だけで。

「わっさん、凛クン」
「ゆたさんよォ。で、彼女なんて?」
「今日は急ぐから先にけーるって」
「ふーん」
「凛クン、今日一緒にけーろ」
「あい」
知念は何食わぬ顔でラリーを再開する。パコン、パコン、と乾いた音が青い空に響く。わざと、左右に交互に売ってやるとそれに気付いたのかボレーでネット際に落とされた。
「あー」
「凛クンがいじわるするからさァ」
にや、と知念が笑う。こんな不気味な笑顔しか作れないいきがに惚れるなんて、わんぐらいだと思ってた。

部活が終わって、シャワーを浴びた後、わんと知念は2人で部室を出た。慧クンが、2人で一緒に帰るとぅくる見るン久々やっし、と目を丸くするから、わんはピースして見せた。いいなーとあびられたけど、今回ばかりは、邪魔されたくねーらん、やくとぅさっさと出た。
「凛クン」
「なんか?」
「凛クンは彼女つくらんかや?」
「うんねーるもン、面倒やくとぅ、わんは未だ必要ねーらン」
「だぁるば」
「どういう意味やっし、それ」
「凛クンは我儘やくとぅ、きっと彼女を泣かせるくとぅになるやゆう意味ばぁよ」
「みんちゃさいよ」
知念はわんぬ歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれたし、帰り道もわんぬ家経由の少し遠回りのルートをとってくれている。わんとは違ってうんねーる心配りできるから、知念は(こんな強面でも)モテるんだろう。
「彼女とどこまでしたかや?」
「うんねーるくとぅ、あびられん、フラー」
「わんとやーぬ仲やっし」
「……ちゅー、ぐらいかや」
「ふーん、」
見上げて顔を伺うと、少し照れたように知念の頬は朱がさしていた。
「はーッ、わんには理解できねー次元ぬ話やっし」
悔しい。いくらわんが背中を押したとはいえ、彼女とトントン拍子に上手くいく知念が憎らしかった。わんだって、知念とそういうことしたかったのに。
「凛クンは、」
「は?」
「ちゅーしたくとぅあるかや?」
「はァ?!」
睨むようにして見上げると、真面目な表情をしている知念の目がそこにあった。
(あ、……)
一瞬、一瞬だけ、時間がとまったように、歩みもとまった。
ちゅ、と音をたてて、知念ぬ唇がわんぬ額に、触れる。
「フ、フラー!」
「わっさん、つい」
「やー、なま、!」
「気にさんけー。ふざけすぎた」
知念は顔をそむけてまたずんずんと進んでいく。
今のは、なんだったんだろう。彼女持ちなくせに。彼女に似てるから?彼女にするようなつもりで?
額が、ひりひりする。知念ぬ唇が触れたところがじんじんする。
「凛クンわじらないで」
「わじってねーらん」
と言うと嘘になる。わんは怒っていた。口づけられたのは嬉しい、でもそれが彼女と重ねられたと思うと、ひどく腹立たしかった。知念はわんにキスを落としたわけじゃねーらン。
結局久しぶりに一緒に帰れたというのに、俺は消化不良の感情をもてあましているせいで、険悪ムードのまま、わんぬ家に着いてしまった。
「じゃ、また明日」
「ン、明日」
くるりと踵を返してスタスタと知念は歩いて行く。知念ぬ歩調で。
明日、あの隣を歩くのは、わんじゃない、別のいなぐ。
応援できない。したくない。やっぱりわんに知念ぬ恋路を応援するなんてくとぅ、不可能さァ。あわよくば、知念の彼女なんて、事故って死んでしまえ、知念もろとも死んでしまえと思う。醜い、醜い、わんぬ恋心。
(好き過ぎて、わんには無理さァ)
明日また、彼女と並ぶ知念を見なければいけないと思うと、目頭が熱くなった。
(明日なんて、来なければ……)





(2010 04 25 jo)