Asims in tegulis - 前代未聞ノ不吉ナ出来事 -

朝練もこないからおかしいとは思っていた。
朝のHRを終えて、裕次郎がわざわざ特進のクラスの方まで様子を見に走った。と思えば、もう帰ってきた。しかも血相を変えて。
わんは背筋に悪寒が走るのを感じた。
「知念、事故ったってェ!」
ざあああああと音をたてて血の気がひいた。全身の体温が突如下がったかのように寒い。寒いのに、嫌な汗がどっと出た。なんとなく、わんぬせいだと思った。
「凛くん、そんなに知念が心配かや?授業も上の空やっし」
「心配、だけど、それだけじゃねーらんど……」
「なんか?」
「知念が事故ったぬは、わんぬせいやさァ」
「ぬーしてさァ?凛くんが知念寛を轢き殺そうとしたかや?」
なんとなく黙っていると、緩んでいた裕次郎の表情がきゅっと引き締まった。
「うんねーる深刻かや?」
「なんていうか、その、嫉妬、ていうか」
「あーリア充にかや?」
「まぁ、そんなとぅくるやしが」
気にし過ぎだ、と裕次郎はわんぬ肩を抱いてくれた。
「とりあえず、今日は部活早めに切り上げて、お見舞い行ちゅんよ」
「うん、」
「で、凛ぬせいじゃねーらン。そりでぃも気済まねーらんどと思ったら、知念に謝ったらゆたさんよォ、きっと重症じゃねーらン、気にさんけー」
「にへーでーびる、裕次郎……」
「なんかー!わったー友達だばァ!と・も・だ・ち!」
裕次郎の笑顔に励まされたものの、何となく後ろめたい気持ちは消えなくて、午後の授業も部活も落ち着かないまま過ごした。

部活を早めに切り上げて、わんと裕次郎、永四郎、慧くンは知念の入院する病院へ向かった。病室に入るとそこには、既に先客がいた。知念の彼女だった。彼女は知念に一言二言何かを言って、わったーに一礼して病室を出て行く。
「来てくれたの?」
「まったくー!やーが事故ったなンて言うから、びっくりしたさァ!」
ずかずかと知念の傍まで行く裕次郎に続いて、わんも傍に行く。真っ白なベッドにカーテンに天井。その中で知念は、いつもみたく、薄く笑いを浮かべていた。知念の足元――ギブスで固定された足――を見て、体の末端が震えた。
「大したくとぅねーらんどー。リハビリしたらまたすぐ部活に戻れるさァ」
あっけらかんとして言う知念に永四郎が隣で溜息をついた。
「とっとと退院しなさいよー。でないと、平古場クンのダブルスの相手がいなくなりますからねェ」
「真剣それ!なァ、凛!」
永四郎と裕次郎がわんを見た。そして、知念の視線も、わんに向けられた。
ぐら、と世界が動いた気がして、わんは思わず後ずさった。
「凛クン!」
背後にいた慧クンが支えてくれて、危うく倒れずに済んだが、永四郎は訝しげに目を細め、裕次郎と知念は心配そうにわんを覗き込んできた。
「わっさいびーん……ちょっと、気分悪い」
逃げるように慧クンを押しのけてわんは病室を出た。
知念に痛みを与えてしまったのかと思うと、死ねばいいと思った自分に吐き気がする。取り返しのつかないことを強く願ってしまったのかもしれない。妬んだわんに対する罰かや?それなら、わんが事故るべきだったのに。
わんは慌てて駆け込んだトイレの個室にこもって暫く出ることができなかった。胃袋の中身がからっぽになるまで吐いた。

わんは最低だ、最悪だ。
一番、わんが死ぬべきなンさァ。





(2010 07 03 jo)
誤字訂正(2010 09 02 jo)