どのくらいの間トイレにこもっていたかわからないが、気づいたら面会時間終了10分前だった。帰ろう、と思ったけど、カバンを知念のいる病室に忘れてきた。ああ、もう。
知念の病室へ向かう足取りは重い。まるで足枷をつけられた奴隷か囚人が、死刑台へと向かうような気分だった。帰って行く健康な人々とすれ違う。下手したら俺も病人に見られてるかもしれないと、少し可笑しくなった。
病室に入ると、比嘉のみんなも知念の彼女もいなくて、夕焼けのオレンジを浴びる知念は少し退屈そうに本を読んでいた。
「あ、凛クン」
「お、おゥ」
「ひーじー?」
「うン、みんなは?」
「さっき帰ったさァ。カバン、そこに置きっぱなしだから戻ってくるだろうと思った」
眩しそうにするのでブラインドを閉めてやると知念は微笑んだ。
「それより、わっさン。わンがいねェとダブルスの練習にならンのに。ちばってできるだけはやく復帰するから待っててよ」
「謝るなー知念。やーはゆっくり怪我治せよー。それより謝らなきゃなんねーのはわんやしが」
「なんでか」
「“彼女できてうかれてテニスに身が入らン知念なんか事故って死んでしまえ”って思ったんさァ。やくとぅ怪我はわんのせいやし」
前半は、まるで嘘だったけど、後半、死んでしまえは本当に思ったことだった。だから、少し声が震えた。冗談めかして言おうと思って、はは、と笑ってみたけど、それもどうやら失敗したらしい、情けない声になった。
怖くて、顔をあげられなかった。知念の目に見据えられると、嘘を見透かされそうな気がしてならない。
「ぬーでぃやーぬせいになるんばぁよ。注意力散漫なわんぬせいさァ。それとも凛クンは魔術師かなんかかいね」
恐る恐る顔をあげると呆れた様な笑顔があった。
「や、やてぃんわっさん、知念っ」
「やーはフラーやしが。しんけん悩む必要ねーらんど」
「なっ、フラーはひどいんどー」
「ゆくしも冗談もへたくそ」
「フラー」
真剣に悩んだことはバレても、恋心がバレることはなかった。淋しい様な後ろめたい様な、複雑な気持ちになった。
看護師さんに見つかって早く出なさいと言われて、知念に無理しないようにと念を押してから、病室を後にした。
知念が死ぬんじゃなくて、わんが死ねば良かった。それなら、幸せそうな二人を見なくて済むし、知念の幸せを守れる。帰宅途中、何度か走行中の車の前に走り出てやろうかとか、踏切のなかに入ろうかとか思った。でも、足がすくんだ。
情けない。
知念が痛い思いをしたっていうのにわんは死ぬこともできない。いやなやつ。こんなにも生に執着する自分が厭わしい。厭わしくて涙がとまらなかった。
どうか知念が幸せでありますように、とただそれだけを祈るしかなかった。
寝る前に携帯を見ると、裕次郎からメールがきていた。
“ちゃんと帰れた?”とだけ本文に書かれてあった。すぐに裕次郎に電話すると、1回目のコールが終わらないうちに裕次郎の
『どうしたんさァ急に』
という声が鼓膜をたたいた。
「ちょっと心細くて」
『知念とは話せた?』
「う、ン、まァ」
『そっか』
しばらくの沈黙ののちに、裕次郎はクラスのことやテニスのことを次々と話した。気を使ってくれたんだろうと思う。わんはそんな裕次郎の優しさに甘えた。他愛もない会話にわんぬ心は少しだけ救われた。自分のことはどうしようもないやつだなぁと思う。
『りんーなまなんじか知っちゅー?』
「ははーなま4時だば」
『だーるばぁ。明日は寝坊で朝練遅刻フラグびんびんやっし!』
「はっはー。一緒に遅刻して永四郎にわじられるんどー」
『あーやだやだ』
「ははは、じゃぁそろそろ寝る?」
『ん、おけー。ゆくいみそーれー』
「オヤスー」
本当わんはどうしようもないやつ。人に迷惑かけることしかできないのかもしれない。
にふぇーでーびる、裕次郎。
偽・うちなーぐち勃発。
(2010 08 13 jo)